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絵を描いて環を作ってみよう
こんにちは。今回はquiver algebraというものについて話そうと思います。(環やベクトル空間の定義を知っている人向けの記事です。)
数学の代数構造で、環というものがありますよね。例えば、整数の集合は普通の足し算と掛け算で環を成しますし、3×3正方行列全体の集合なども自然に環になりますね。ほかにも様々な環があり、数学の世界ではかなり便利で重要な対象として扱われています。
今回は、特に環の中でもより多くの構造を持つ「多元環」というものを紹介して、その一例として点と矢印から作られる多元環であるQuiver algebra
について話そうと思います。
多元環の定義
Rを環、Kを体としましょう。
ここで、
「RがK上の多元環である」とは、RがK上のベクトル空間であり、スカラー倍の作用と環の掛算が交換可能になっていることを言います。
つまり、$${k \in K}$$と$${x, y \in R}$$について、ベクトル空間の作用"$${\cdot}$$"が定まっていて、 $${k\cdot (x \times y) = (k \cdot x)\times y = x \times(k \cdot y)}$$
が成り立つときにこのRを(正確にはRと作用"$${\cdot}$$の組を)多元環と言います。
普通の環に、ついでにベクトル空間の構造も入ってるからオトク感満載ですね!多元環上では、ベクトル空間で使われる議論も環で使われる議論も両方使えてすごくうれしいです!
多元環の簡単な例としては、体K上の多項式環などがあります。確かに自然に環の構造とベクトル空間の構造が入ってますね。
ほかにも、K上のベクトル空間Vを一つとると、VからVへの線形変換全体がなす環$${End_K(V)}$$も自然な和とスカラー倍と写像の合成により多元環になります。
Quiver algebraの定義(イメージ)
ここからはQuiverの話に移りましょう。
ちゃんとした定義は後にして最初にざっくりしたQuiverの定義を説明しますね。
まず、Quiverとは、点を好き勝手において、その間に矢印を自由に描いたものになります。
例えばこんな感じ:
![](https://assets.st-note.com/img/1724763581418-pN8yBLMgdz.png?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1724764499581-i24qVMwRJ2.png?width=1200)
点にあたるものと矢印を作ればQuiverは完成です!
こうして作れたQuiverから、多元環の構造を作ってみましょう。
Quiverを一つ作って、Qと名前を付けましょう。
Qの「道(path)」を、 ”点または「矢印をいくつかつなげたもの」”
としましょう。もちろん、二つの矢印はなんでもつなげられるわけではありませんね。
つなげていいのは、片方の始点(矢印の根本)ともう片方の終点(矢印が向かってる点)が同じになっているときに限ります。
例えば、すぐ上の二つ目の例の矢印$${h_1 , h_4}$$ は始点、終点が異なっていますね。
一方、$${h_1}$$と$${h_3}$$は、$${h_1}$$の終点と$${h_3}$$の始点が一致しているのでつなげることが可能ですね。
ここで、矢印$${h_1, h_3}$$をつなげた道を$${h_3 h_1}$$という風に表します。矢印に沿ってたどった時に、右に書いてるやつから順に通っていく感じです。(矢印がなんかの写像に対応するものだと思えば、写像の合成と同じかきかたですね。)
このようにして、二つ目の例のQuiverの道は
$$
e_1, e_2, e_3, e_4 ,
h_1, h_2, h_3, h_4 , \\
\\
h_3h_1, h_3h_2, h_3h_4
$$
ですべてとなります。
この道を用いて多元環を作っていきましょう!
Kを体として一つとっておきます。
Q:quiverに対し、
$${KQ \coloneqq \{ \underset{\text 形式和}{\underline{ \displaystyle{\sum_{p: Qの道}} k_p \cdot p}} | \hspace{2mm} k_p \in K (p :Qの道)\}}$$
と定めます。ここで、形式和は、本当に足し算してるわけではなく、足し算っぽい形で書いてるだけのものです。後でちゃんと定める足し算の時に、この形式和もその足し算のことだとおもっても差し支えないときはこの書き方がよく使われますね。
Qの道pそれぞれに対応している係数$${k_p}$$がわかればいいので、ちゃんと定義するなら$${\{Qの道全体\}}$$からKへの写像で、有限個の道を除いて他は0に値をとるようなもの全体の集合をKQだとして、上で書いた形式和は「Qの道それぞれの対応する値を書き並べたもの」と思うようにすればいいですね。
この集合KQに和を自然に入れましょう。KQの元$${\displaystyle{\sum_{p: Qの道}} k_p \cdot p, \displaystyle{\sum_{p: Qの道}} h_p \cdot p }$$に対し、
$${\displaystyle{\sum_{p: Qの道}} k_p \cdot p + \displaystyle{\sum_{p: Qの道}} h_p \cdot p \coloneqq \displaystyle{\sum_{p: Qの道}} (k_p + h_p) \cdot p}$$
としましょう。形式和が足し算っぽくなるためにはこの定義しかありませんね。
次にKQにKのスカラー作用も先に入れておきましょう。これもごく自然な定義です。
$${\alpha \in K, \displaystyle{\sum_{p: Qの道}} k_p \cdot p \in KQ }$$に対し、
$${\alpha \cdot (\displaystyle{\sum_{p: Qの道}} k_p \cdot p) \coloneqq \displaystyle{\sum_{p: Qの道}} (\alpha k_p) \cdot p}$$
としましょう。これにより、KQは{Qの道全体}を基底とするベクトル空間になります。
(写像による定義で正確に述べるなら,Qの道pに対し、pで値1をとり、それ以外で0になるような写像全体が基底になりますね。
また、その写像のことをpと書いてしまうと約束すれば
最初の形式和はもはや形式和ではなく、ここで定義したスカラー倍と足し算による線形結合のこととおもえますね!)
次に、KQの掛算を定義していきましょう。
まず、Qの道p,q に対し$${p \circ q}$$を定義しましょう。
先にpの始点とqの終点が一致している場合を考えます。
(ここで、pが点である場合は、始点も終点も自分自身であるとし、
pがいくつかの矢印がつながったものである場合は、始点は「一番根元の矢印の始点」、終点は「一番先っちょの矢印の終点」とします)
このときは、やっぱり二つの道p,qは繋げられますよね!qの道をたどってからpの道をたどるような道が考えられますね。このような道をpqとあらわすことにします。
![](https://assets.st-note.com/img/1724768183251-QPkbrjNVvu.png?width=1200)
例えば、上の例の道として$${p = g_4g_3, q = g_2g_1}$$
というものをとると、pの始点もqの終点も点$${e_C}$$なので、つなげることができますね。つなげた道pqは$${g_4g_3g_2g_1}$$となります。
ということで、道p, qに対し、
$${p \circ q \coloneqq \begin{cases}pq (pの始点=qの終点) \\ \\ 0 \hspace{2mm}(pの始点\neq qの終点) \end{cases}}$$
と定めましょう。
これを用いて掛算を定義します。
$${\displaystyle{\sum_{p: Qの道}} h_p \cdot p, \displaystyle{\sum_{q: Qの道}} k_q \cdot q \in KQ}$$としましょう。
ここで、上で話した通り、これはもう形式和ではなくちゃんとしたスカラー倍と和による線形和であることに注意しておきましょう。
$${\displaystyle{\sum_{p: Qの道}} h_p \cdot p, \displaystyle{\sum_{q: Qの道}} k_q \cdot q }$$に対し、その積を
$${\left(\displaystyle{\sum_{p: Qの道}} h_p \cdot p\right) \times \left(\displaystyle{\sum_{q: Qの道}} k_q \cdot q \right) \coloneqq \displaystyle{\sum_{p: Qの道}} \hspace{1mm}\displaystyle{\sum_{q: Qの道}} h_p k_q \cdot (p \circ q)}$$
と定めましょう。
結合法則や分配法則が成り立つと思い込んで左の式を変形して、道同士は$${\circ}$$で結んでやると右の形になりますね。そしてこの積によってちゃんとKQは環になります。
掛け算がなんか変な感じの定義ですね。具体的に計算したほうがわかりやすいと思います。
上の例のquiverにおいて、そのquiver algebraの元
$${(g_4g_3 + g_4) , (g_2g_1 - g_3)}$$に対してその積を計算してみると以下のようになります。
$${(g_4g_3 + g_4)\times(g_2g_1 - g_3) \\\begin{matrix}= g_4g_3\circ g_2g_1 - g_4g_3 \circ g_3 + g_4 \circ g_2g_1 - g_4\circ g_3 \\ = g_4g_3g_2g_1 -0 +0-g_4g_3 \\ = g_4g_3g_2g_1 -g_4g_3\end{matrix}}$$
$${(g_2g_1 - g_3)\times(g_4g_3 + g_4) \\ \begin{matrix}= g_2g_1\circ g_4g_3 + g_2g_1\circ g_4 - g_3\circ g_4g_3 - g_3\circ g_4 \\=0+0-0-0=0 \end{matrix}}$$
例:下三角行列環とquiver
$${n \in \mathbb{N}}$$としましょう。
体K上のn×n下三角行列$${T_n(K)}$$は、行列の和と積、スカラー倍でK上の多元環になります。ここで、quiver $${Q_n}$$を下の図のように定めましょう。
![](https://assets.st-note.com/img/1724773477106-K6JDQkDmCx.png?width=1200)
n個の頂点$${e_1, \cdots e_n}$$が一列に並んでいて、隣り合う点同士は、数が増える方向に一つ矢印が向いている状態です。
このようにすると、実はK$${Q_n}$$と$${T_n(K)}$$はK上の多元環として同型になります。つまり、線形同型写像で、環準同型にもなっているものが取れます。
例えばn=3の時は、
$${Q_3}$$の道は全部で
$$
e_1, e_2, e_3\\
\alpha_1, \alpha_2, \alpha_2\alpha_1
$$
の6個となり、これらがK$${Q_3}$$の基底となります。
写像fの各基底の行き先を次で定めましょう:
$$
f(e_1) \coloneqq \begin{bmatrix} 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \\ 0&0&0\end{bmatrix} ,
f(e_2)\coloneqq \begin{bmatrix} 0 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 \\ 0&0&0\end{bmatrix}
,f(e_3)\coloneqq \begin{bmatrix} 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \\ 0&0&1\end{bmatrix}\\
\\
f(\alpha_1) \coloneqq \begin{bmatrix} 0 & 0 & 0 \\ 1 & 0 & 0 \\ 0&0&0\end{bmatrix}
f(\alpha_2)\coloneqq \begin{bmatrix} 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \\
0&1&0\end{bmatrix}, \\
\\f(\alpha_2\alpha_1)\coloneqq \begin{bmatrix} 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \\ 1&0&0\end{bmatrix}
$$
これを線形に拡張して線形写像$${f:KQ \longrightarrow T_n(K)}$$が定まり、実はこれが多元環の同型写像になっています。
一般のnについても同様の方法で多元環の同型写像が作れます。
quiver algebra でうれしいこと
quiver algebra は、その作り方からわかるように多元環の例を簡単に量産できます。矢印と点を描くだけですからね。点や矢印の数を増やせば、いくらでも大きな多元環が作れます。
しかも、特に点と矢印が有限個のみからなるquiver(有限なquiverという)のquiver algebraは、多元環の(少なくとも一部の)計算が比較的簡単にできるので、多元環の性質などを調べる際の実験対象として便利だったりします。
たとえば、上で述べたような有限なquiver Qについて、$${e_1 \cdots e_n}$$を点の集合とすると、Qのquiver algebra KQは、
$${KQ = KQ\cdot e_1 + \cdots +KQ\cdot e_n}$$と左イデアルの直和に分解できます。ここで、$${KQ\cdot e_i = \langle p| pは始点がe_iのQの道\rangle_K}$$が成立します。
さらに、この分解は左KQ加群としてのKQの直既約分解になってます。
なので上の話のように、調べたい多元環がもし有限なquiverによるQuiver algebraと同型であることがわかれば、その多元環の左加群としての既約分解がわかったと言えますね。
僕自身そこまでquiverに詳しいわけではないので、quiverのいいところたくさん言えるわけではないですが、とても便利な多元環であることは確かです。
Quiver algebraの紹介ができたので、この辺で終わりにしようと思います。
まずはここまで読んでくれてありがとうございます!
ただ、Quiverやその道の定義が絵を描くだけのざっくりした説明しかしていないので、この下にちゃんと数学的に正当化される定義を書いていきます。
これ以降の話は上のと同じものをちゃんと定義しなおすだけの話なので、ちゃんとした定義を知りたい方だけ読んでもらえればと思います。
Quiver algebraの定義(しっかり)
$${集合Q_0, Q_1}$$と写像$${s, t : Q_1 \longrightarrow Q_0}$$が与えられたときに、これらの組
$${Q =(Q_0, Q_1, s, t)}$$をquiverと呼びます。
気持ちとしては、$${Q_0}$$が点の集まり、$${Q_1}$$が矢印の集まりで、
sは矢印(つまり$${Q_1}$$の元)に対しその始点を対応させる写像、
tは終点を対応させる写像という風に考えています。
このような組が与えられたら、$${Q_0}$$の元を適当にちりばめていって、$${Q_1}$$の元をその始点(sでの対応する点)から終点(tで対応する点)に向かって矢印を引けば、点と矢印によるquiverの定義と一致すると思えますし、
逆に点と矢印による定義のquiverが与えられれば、同様の解釈によって今回の定義のような組$${(Q_0, Q_1, s, t)}$$が得られますね。
次に道の定義をしていきましょう。
$${Q =(Q_0, Q_1, s, t)}$$をquiverとします。
この時、
$$
\Lambda' \coloneqq
\Biggl\{ (p_1, p_2, \cdots p_n) \Bigg| \begin{matrix}n \geq 1, p_1, \cdots p_n \in Q_1, \\ {}^\forall i = 1, 2,\cdots n-1, s(p_i)=t(p_{i+1})\end{matrix}\Biggr\}
\\
\\
\Lambda \coloneqq \Lambda' \cup Q_0
$$
と定め、$${\Lambda}$$の元を道と呼びます。また、$${(p_1, \cdots p_n) \in \Lambda}$$について、これを$${p_1p_2\cdots p_n}$$とあらわしましょう。
$${s': \Lambda \longrightarrow Q_0}$$を、
$${a \in Q_0}$$に対しては$${s'(a) \coloneqq a}$$とし、
$${p_1p_2\cdots p_n\in \Lambda'}$$に対しては$${s'\bigl(p_1p_2\cdots p_n\bigr) \coloneqq s(p_n)}$$
と定めます。
(ほんと細かい注意ですが、$${Q_0 \cap \Lambda' = \phi}$$として問題ありません。実際、$${Q_0}$$は点の名前を表すためだけのものなので、必要ならば濃度が同じであるような全く別の集合Wを用意し、$${Q_0}$$からWへの全単射によりs, t, を$${Q_1 \longrightarrow W}$$に取り換えて、$${Q_0}$$もWに取り換えることができ、もちろんquiverは頂点の名前が変わるだけなので、quiverに影響はありません。なので最初から$${Q_0 \cap \Lambda' = \phi}$$を仮定して問題ありませんね。)
同様に、$${t' : \Lambda \longrightarrow Q_0}$$を、
$${a \in Q_0}$$に対しては$${t'(a) \coloneqq a}$$とし、
$${p_1p_2\cdots p_n\in \Lambda'}$$に対しては$${t'\bigl(p_1p_2\cdots p_n\bigr) \coloneqq t(p_1)}$$
としましょう。
これで道及びその始点、終点を定義できました。
最後に二つの道$${p,q \in \Lambda }$$に対し、
$${s'{p) = t'(q)}$$が成り立つとき、
$${p \in Q_0}$$なら$${pq \coloneqq q}$$
$${q \in Q_0}$$なら$${pq \coloneqq p}$$
$${p = p_1, \cdots p_n, q = q_1, \cdots q_r \in \Lambda'}$$なら$${pq \coloneqq p_1, \cdots p_n q_1 \cdots q_r \in \Lambda'}$$
としましょう。
こうして、
$${p \circ q \coloneqq \begin{cases} pq (s(p)=t(q)) \\ \\ 0 \hspace{2mm}(s(p) \neq t(q)) \end{cases}}$$
と定めましょう。
あとは、すでに説明した通りにKQを構成してやれば、
ちゃんとQuiver algebraをつくれますね!
今回はこれで終わります。読んでくれてありがとうございました。