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現状と負けない心

「えっ、どうしよう……。言えない」

 それは十数年ぶりに子供と二人で山登りをした時のことだった。開始早々、大きな岩が目の前に広がっていたその山は、山道も若干湿っていて、かなり滑りやすくなっていた。300mも登っていないだろう、急に心臓がバクバクと早く鼓動するし、頭も酸欠のような状態になり、寒気がして顔が真っ白になっているのが鏡を見なくてもわかった。

 子供がきょとんとした顔で僕を見る。

……言えない。来て早々に帰りたいだなんて、絶対に言えない。

 別に此処は日本一の山、富士山でもないし、吹雪が舞い視界も厳しい雪山でもないのだ。それこそお年寄りから小さな子供までがすれ違う普通の山なのに。今すぐ帰りたい。

 以前、此処に来たのは子供が幼稚園の頃だったと思う。その時はこんなではなかった。幼い子供を時折抱えながら登った記憶がある。それが今では全くの逆だ。子供が軽やかに足を進め、少し上から心配そうに僕を見る。ハァ、ハァと肩で息をしながら「大丈夫」と答えるのが精一杯。

 まさしく成長と老化という現象を見せつけられた。煙草は一年前にやめたのに、少し登っただけで心臓がイヤだ、イヤだ。とわめき出す。幼稚園の体操服を着た女の子にも簡単に抜かれる始末。

「先に行っていいよ。ゆっくり行くから」と少し進んでは待たせている子供に声を掛け、申し訳ないので別行動をすることにした。それでもケーブルカーやロープウェイを使わずに、なんとかひとりで登りきり、山の頂上で笑顔の子供と再会をした。

 山の頂上はとても良いものだ。そこには、それまでの苦労もサッと吹き飛ぶ爽快感と達成感がある。お寺の御朱印みたいに山の頂上に何かあるといいと思ったんだけど。どうだろう? 御朱印帳ならぬ登頂帳みたいな物があれば色々な山を制覇したくなり、手帳のページをめくれば達成感がさらに増すというものだ。

 あれから数カ月、現在部屋にはダンベル、ベンチシート。フィットネスマシンにぶら下がり健康具。その他諸々。もちろんプロティンも数袋を常備。筋トレグッズが少しばかり増えた。

 今度は準備もちゃんとしよう。前回はランニングシューズで山へ行って、とても後悔をした。登山用の靴があるとないとでは全然違う、道が滑るのでランニングシューズでは、踏ん張りがきかないのでとても疲れた。
 グリップの手袋も欲しいところだ。随所に大きな岩や段差があるので、手で何かを掴んで登るのだが、素手だとちょっとしたことでも擦り傷ができてしまう。それになによりも嫌なのは、爪の中に泥が入るのこと。

 春になり暖かくなったら是非ともリベンジしたい。

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