大切なことは客観的に考えるということ
大人になってから泣いた事は何度あったのだろうか?
号泣。いま思えば懐かしくもあるが、失恋をして女友達に話を聞いてもらい、その彼女の前で涙が止まらなかったことがある。あの時の涙は透明で清らかだった。
この人の為に生まれてきた。初めてそう思った人だった。それまでは自分勝手な恋だったと思う。
失って暫くは前に進めなかった。それでもまわりに居てくれた人が支えてくれた。
たくさん映画も観たし、たくさん本も読んだ。悲しい物語に涙し、わくわくする冒険話に心を踊らせた。ハラハラする展開に動揺し、つまらないストーリーに憤慨する。
美味しい食べ物に幸せを感じて、言葉に出来ないほどの絶景に圧倒された。生まれて初めてレストランで食べたミートソースのスパゲティ。遊覧船で巡った日本三景のひとつに数えられる松島。
便利になったなぁ。なんて昔から言われてきたが、現在もそう思う。知らない誰かが何かを創る。僕はテレビが映る仕組みも、携帯電話が話せる仕組みも分からない。それでも何かが壊れた時には、ネジを外して開けてみる。わけのわからないパーツが、たくさん入っている。そのひとつひとつがその機械を作っている。どこかにそのパーツひとつひとつの意味を知っている方が居るなんて凄いと思う。
毎日通る道に空き地があった。いつしか工事が始まり、あっという間に家が建った。職人の方が数人で何十年と暮らせる家を作り上げる。これから住む家族の幸せ、想いを考えると素晴らしい仕事だ。
振り返ると遠い歴史に想いを馳せることも出来る。織田信長はどんな顔をしていたのだろう? 戦争で亡くなった方々の無念は誰が果たせよう?
すべては現在に繋がっている。有意義に過ごした一日も、無駄に過ごした一日も。ここに繋がっている。
最近、よく泣くようになった。テレビを観たり、本を読んだり。子供とアニメを観ていても一人で泣いていたり。さすがに号泣することはないのだけれど、他人の優しさにふれると泣いてしまう。自分が優しくされたわけではないのにだ。
突き詰めればここに居られるのは、たくさんの人や過ぎ去った時間、未来への希望。嫌なことだって、それから学び教訓となり前に進んできた。木々の一本一本からも変わりゆく季節を感じられる。
僕は誰かに「大切なもの」と思われているだろうか?
僕の行いは未来へと繋がっているのだろうか?
買いたい物があるんだ。とても生活に役に立ちそうな物だよ。
明日、食べたい物もあるんだ。新しく発売されたハンバーガーなんだけとね。
小さいかもしれないけれど、それが明日への希望。僕は知らない人にも生かされている。