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きゅうりはきゅうりになる修行をしている
「仲よき事は美しき哉」
の話ではない。
A cucumber is cucumberring cucumber
だったか、桜沢如一が、どこかで触れていた米国人の(素人)俳句。果たして上記の記載だったかどうかはうろ覚えですが、意味は表題の通り。
あなたは、(ほかならぬ誰でもない)あなたになろうとしている
彼はこの句を高く評価していた。
心理の機微をうたったような表層的な作品が多いなかで、この横文字の一句は俄然深い。
昔はやった「オンリーワン」ではないですが、この世のすべてのものには一つとして同じものはない。
これが、「個」の尊厳であり、美しい宇宙の節理のようでもあり、清々しくもある。
きゅうりは黙って(当たり前?)きゅうりになろうと一生懸命だ。
「自分は何でこんなことをしているんだろう」なんて思いもしない。
彼は土中から栄養分を取捨択一し、雨水とともに吸収し、陽の光を浴びて、身をつけ、花を咲かす。
それはけなげにも見え、また尊い景色にも見える。
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ところが、教育は真逆である。
「曲がっていては商品にならん、真っすぐになりなさい」
「おまえは、ほかのきゅうりと比べて貧相だ、もぎ取ってしまおう」
「どうしておまえはきゅうりなんだ。せめてトマトかメロンに生まれてくればよかったのに」
「新芽のうちに間引いて置かにゃならんな」
「おまえはおまえでなくてもよい。代えはいくらでもいる」
全体主義下で育てられるきゅうりに、ひたすら”cucumberring”している自由はない。
それが野菜農家の話なのか、学校教育での話なのかは知らない。
それはきゅうり同様人にとっても受難である。
きゅうりがきゅうりらしく生きられない
人が人らしく生きられない
そのうちきゅうりにも人にも、ある同様な変化がみられるようになった。
「おれはまだまだ小さい。もっと成長してみんなより大きくならなければならない」(肥料や教育(知識)をどんどん取り入れ、「他より大きく、たくましく」が目標になった)。
「曲がっているのは心の表れ。正しくまっすぐに生きなければならない」
(自らを律すること、矯正すること、様々な教えを学ぶことで、ひと目に美しく見える存在(商品)になることが目標になった)。
「あいつらはおれより優れている」
(肌の色も考え方もそだった風土も違う。そんなものと四六時中比較されることから、自らと違う種に対して劣等感を持つようになり、次第にそれに媚びたり、またその裏返しの敵対感を持つようになった)。
「おれはここにいても無意味なばかりか、かえってみんなの迷惑になるばかりだ」(集団の中で自己の必要性が埋没し、疎外感から自らのアイデンティティを失くした。そして激しく自分を否定するようになっていった)
箱に詰めるのに、規格で分けられる。
みんなが同じ大きさに足並みをそろえる。
優等品になること。
売れる商品になること。
それのみが目標で、それのみの「生」である。
それが正しいことだと学んだせいで、みんなが等しくそうだと思い込んでいる。
だから誰もそれを不思議に思わない。
来る日も来る日も”精進”に明け暮れる。
それが「きゅうりになる道(人生)」だと思って疑わない。
そんな一日が今日も始まる。
そうして、とどめを刺すかのように、きゅうりも人も「みんな一緒だから差別してはいけない」という”平等・博愛精神”を叩き込まれた。
おかげで、かえって上も下も偏執狂的に「差別」を強く意識するようになっていった。
かくして、
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誰もが自らが「オンリーワン」であることなどはすっかり忘れてしまった。
A cucumber is a cucumber and not a cucumber
(きゅうりはきゅうりであってきゅうりでない)
そんなかんだで、きゅうりも人も急速にそれから離れていったんだとさ。
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