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【重要】知ってるよ、大丈夫だよ。

こんにちは、
化け物狩りが趣味のもにこ堂です。
こわいこわい病のもにこ堂です。
終末論者もにこ堂です。

じゃないんですよ。
彼(敵)を知り己を知らば百戦危うからずかれをしりおのれをしらばひゃくせんあやうからず
です。

敵を知らない(目くらましされてきたから)で、敵の作ったマトリクスに埋没しつつ人生の終焉しゅうえんを迎えてはならない!

これに警鐘を乱打しているのです。
わたしだけではありません。
そう言う方も増えていることでしょう。

まんまとはまってはならない!

これを言いたいのです。

と、同時に世の中の陰謀に目覚めた方々も、
絶対に悲観してはならない。
落胆してはならない。
不安にならない。
また聞く耳のないものにそれを語ってはならない。

あなたの見る世界
あなたの描く未来像が、
もし、そうした陰謀の延長線上にあるディストピア社会であったら
それは、そのまま連中の片棒を担ぐことに他ならない。
むしろ助長する行為になってしまいます。
恐怖をあおってそのままでは、むしろ敵の魂胆こんたんそのものです。

それはただ過ぎ去ってゆく世界、
他人の見ている景色と思いましょう。


ソリッド・ステート・サヴァイヴァー

よーく考えてみてください。

身辺には確かに不穏な事象がこれでもかというくらい生じています。
世界中の貧困は加速しています。
生きがいを見失った人が死を待っています。

しかし、
あなたもわたしも、いま、こうしてここに無事に生きていますね。
それは実は「奇跡」ですよ。
辛くも生き延びてこられたといっても過言ではありません。

サバイバルです。
SOLID STATE SURVIVORです(YMO😁)

助けられて生きているんです。
そして、生きている限り、
わたしたちが想像もできなかったような光の未来がすぐそこまで来ているんです。
ここまでくれば、
何があっても大丈夫です。
今あなたや私がどうあろうが大丈夫です。

「世界がもうすでに我々がジタバタあがいてもどーすることもできない管理社会になってしまった。全体主義の足音が迫る! キャー」

とあなたは思うかもしれません。
知れば知るほど。


艱難に見えるのは闇の残像だ

違いますよ。
そうした「悪」は、すでに完全に包囲されています。
身動きできないのは、連中の方です。

それまでアンドロメダ銀河を拠点に周辺銀河を次々に植民地化し、圧倒的な勢力を誇った闇の勢力も、光側に追いやられた。ついには天の川銀河の惑星・地球を最後の要塞とし、25000年来支配してきた。しかし、光側の勢力が幾何級数的に力を増すに及び、ついに今では図中黒で示した領域のみ。あとはブレイクスルーを待つばかりだが、そのトリガーは我々人類が引かなければならない。

そこは、もちろん私たちの「知覚」では知りえない世界です。
銀河戦争の最終局面だからです。
それは、あなたが、没我の状態になって真我(ハイヤーセルフ)に聞けばわかることです。
もう世界はまばゆい光に覆われ始めていることが分かります。

そこには無数の「光側の使者・戦士」の活躍があります。
しかし、彼らは何を手掛かりにこの天の川銀河の果ての田舎惑星を救おうとしているのでしょうか?

「ソース」
「創造主」
分かりやすく言えば「神」です。
その意志を受けてのことです(残念ながら我々人類にはそれを繋ぐパイプが壊されています)。

これは、旧世界(いままで我々が生きてきた世界=端的に日本でいえば昭和・平成のほぼ全部)の”常識”ではおとぎ話です。言い替えれば、マトリクスを超えて意識を拡大させない限り理解不能の世界です。

闇側はなぜこの地球を選んだのか?
アトランティスに「闇の黒魔術師」として侵入したのか?

それは、この地球がひときわ「美しい星」だったからです。
たくさんの「種」が繫栄したその宝庫だったからです。
彼らの行状を見ればそれが分かります。
尊いものほど彼らは好むのです。


混沌の世界でハイヤーセルフに目覚める


「ディープフェイク」の時代、AI時代に入って
驚きますね。
「何も真実がない、混沌の世の中だ」
と思わされますね。

でもそんなものは新しい発明じゃないんですよ。
驚かれるかもしれませんが、
そんなものはこの宇宙開闢以来数百万年~数億万年前から「次元間AI信号」という形で存在してきました。
日の下に新しきものなしです。

でも、私たちはそれなりに表層は浸食されているにせよ、みんな魂はまともでしょ?
大丈夫なんです。
人間はそうそうやわじゃないんです。

混沌カオス
それはいいことです。
なぜなら、私たち全員が真我に入っていく時代だからです。
入らざるを得ない時代だからです。

それは、どういう意味だと思いますか?

アセンションの前段階です。

以前、私はどこかで書きました。
時代は、強制的にアセンションの流れが来る、と。

これですよ。

実は素晴らしい流れなんです。

自分に入っていく道
マトリクスに流される道


タイムラインははっきりと分岐しています。
どちらの道も今ここにあります。

二極化の具体的な方向性はそういうことです。
しかも、我々は自由意志でそれを選択しなくてはならない。

あなたが、
あなた自身でその道を選ぶんです!!


わたしたちの幸せは罪なの?

上で、話を終わらせてしまったら、この東洋哲学研鑽者けんさんしゃ? モニコ堂さまの名折れです(?)。
それに第一なんだか、かっこよすぎです。
偽善っぽいです。

わたしは、いつも「ああいうことを言いながら」「こういうことを言う」癖があるんです。

一見深刻なことを語っておいて、くだらない、無意味なことを同じ口でつぶやく(実際、人間ってそんなもんです。人間にだけわかる話です、ヒソヒソ😄)。

真剣だが、冗談である。
それじゃ、信憑性が皆無な気がしますね?
そう思っていたのに裏切られますね。

しかし、私は許せないのです。
二元性が。

もっと言えば、
矛盾のないものは本物じゃないという考えなんです(もちろん「この世」の世界での話ですよ)。

崇高な世界は、同時に低レベルな世界を含まなければそれは二元論です。
意味のみを求めて、無意味を否定したり避けたりするのは二元論です。
真理は虚構の世界でこそ光ります。

しかし、私たちは日々気が付かずに二元論の世界(マトリクス)で生きています。気づいてしまったらそれこそまともに生きていけないような世界に。

たとえば、世界中で毎日4,5万人が餓死している現実で、どこそこのラーメンがうまいという話からして、異常なことです。
残酷な話です。
ひんしゅくものです。

テレビはもとよりYouTubeなんかでも、

「今日のお出かけコーデには○○で」
とか
「最強豚丼を作ってみた」
とか
「大事なお花を枯らさないためのテク、トップ10」
とか、
まともに見れなくなるでしょう?

わたしたちの「文明」「文化」そのものが異常性の上に立っている。
(もちろん、その現実があなたや私のせいでそうなっていると言ってるんじゃないですよ。ご存じのようにそんな人たちを一気に何十回も救えるようなカネを連中は持っています)

その二元性が許せないのです。

ラーメンすらまともに食えなくなるような「現実」が許せないのです。
「私は幸せだなあ」と語ることに罪悪感を抱かされざるを得ないような「現実」が許せないのです。
そんなことはお構いなしに私利私欲でさらなる搾取をしつつ「幸せです」と語るような異常性が許せないのです。
あらゆる個人的な幸せが、結果、独善・独りよがりでしかないような社会が許せないのです。

という「現実」を知りましょう。
そして、思いっきり笑いましょう。
さらに、涙で怒りましょう。

そうです、
笑いながら怒る人」です。

ま、これがその対策になるか否かは置いときまして💦


「んじゃどーしたらいいの?」

二通りあります。
内面と外面の。

自分の内部では、以前にも書きましたように「瞑想」などそれぞれの手段で、光がより身近になるように祈り(インボケーション)、具現化させることでしょう。

そして、大きな効果を私自身体験しているのは

断食
または、不食
(こちらは未体験ですが、少なくとも小食の効果はあなたに驚天動地の新世界をもたらします)

などです。

そして、あなたにもしそれが今現在なければ是非見つけてもらいたいものがあります。
マトリクス脱出のもう一つのカギです。

それは、「好きなことに没頭すること」です。
趣味的でニッチであればあるほど、
「オタク」であればあるほど望ましい。

出来れば「おカネ」に関係ないことが望ましい。
なぜなら、「おカネ」自体がマトリクスのツールだからです。
逆におカネから自由になれます。

彼らをして「変態」とか揶揄する言葉がありますが、世の発明家はその意味で変態でしょう。ニコラ・テスラにせよ、アインシュタインにせよ・・・。

この方などは、冬虫夏草にとり付かれていますが、凄く面白いですね。
そのうち、なにか発見するかもしれません。(個人的意見です)


それはデトックス現象に過ぎない

では、対外的にはどーか?

事情を分かっておられる方同士では瞑想などおやりになる。
インターネット、SNSなどで周知する。
これは、すでに多くの方が実行されていますね。

そして、事情をご存じない方には決して強要しないことが大事です。
わたしはプロフィールでも書きましたが、どーしたわけか、この問題は40年ほど前に知っておりました。

もちろん、当時はまだ「ユダヤ問題」的なテーマでしたが、爾来ずーっと追いかけてきました。
しかし、私の口からその話を第三者にしたことはほとんどありません。
一つにはそれが出口のないそれだったからです。

そうした不安や恐怖に一番追い込められていたのは私自身でした。
だから、とてもそんな話を口外できない背景があったんですね。

時代は変わり、その問題は実は「光に追い込められていた闇」にスポットを当てていることが分かり、俄然がぜん事態が飲み込めたものです。

確かに色々な問題が矢継ぎ早に出てきます。
でもそれらはいつまでも(ベトナム戦争みたいに)長引かないでしょう?
膠着状態にはなりません。
出て間もなく消えていきます。

それらは一種の排毒・浄化作用デトックスだからです。

今ピンとこない人もいずれ分かります。
よくわからないままでいる人は、あなたに「○○が怖い」「○○が不安」とたくさんのマイナスを投げかけてくるでしょう。

その時、にこやかに答えてあげてください。

「わかってるよ、でも大丈夫だよ」
「いい世の中になるよ。それは、そうならざるを得ないんだから」

余談

珍しくNHKをぼーっと眺めておりましたら、
「横浜中華街」を特集していました。
実は、昨年春まで長いこと私たち夫婦はその界隈の山下町や石川町にへばりついて暮らしておりました。

すでに懐かしいお馴染みの通りや店。
と、
「おや?」
まさかのあのニッチな隠れ家的店「天龍菜館」が出てきたではないですか?
午後10時以降は店を閉めた地元の料理人さんやらでいっぱいとのこと。

「めちゃ安くて美味いランチの黒酢酢豚また食べたいなあ」
「晩酌セットが、単品で頼むよりも安いおかしな価格設定だったなあ」

懐かしいマスターはすっかり太って恰幅がよくなっていました。
その彼がポツンと吐いた何でもない一言が妙に心に響きました。

「くよくよしないで、考え込まないこと」

まさに下手の考え休むに似たりですね。

人は普通「考える」と称して心配ばかりするものです。
(実際はそれは「考えている」のではない)

ああでもない、こうでもないは、
結局
ああでもないし、こうでもないのです。

独りで考え込むとそうした風になる方が多いものです。
大概の人が、杞憂きゆうに終わることばかりを「考えた」といいます。

「考える」ということは、
二つのものを一つにすることです。

ご清聴ありがとうございました






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Monikodo
東洋哲学に触れて40余年。すべては同じという価値観で、関心の対象が多岐にわたるため「なんだかよくわからない」人。だから「どこにものアナグラムMonikodo」です。現在、いかなる団体にも所属しない「独立個人」の爺さんです。ユーモアとアイロニーは現実とあの世の虹の架け橋。よろしく。