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大人になるってこういう事?【2025/02/21】

な〜んか私のnote、陰鬱な話ばっかりしてるな?


誰かに失恋した、自分がキモい、恥ずかしい、おもらしした、あれが怖い、それが醜い……みたいな。
マイナスの感情は共感を得やすいってどこかで聞いたことがあるけど、それにしたってジメジメしすぎやしませんか、私のnote。

ここらでちょっと、自己紹介代わりと言ってはなんですけど、好きな食べ物の話でもしてみっか!

好きな食べ物は、お寿司とハンバーグと焼肉とラーメンと後いっぱい!
とにかく旨みがあれば何でもよし!子どもが好きそうな食べ物は概ねなんでも好きだと思ってくれて構わない。
好きな食べ物の話をするとさ、大体食べれるものは何でも好き!みたいな人間だと困っちゃうと思うし、あんまり面白みもない。

子どもの時は苦手だったけど、大人になってから食べれるようになった物とかの話をしようか。

1.卵料理全般
昔は本当に卵料理が食べれなかった。
私が小さい時、母親が朝ごはんにゆで卵を出していたんだよね。
ゆで卵を5等分にした内の1つを朝食べて、残りは冷蔵庫に入れて次の日以降に食べる。
1日目、2日目なんかはまだ食べれるんだけど、5日目なんかはもう完全にダメな臭いがしてるんだよね。
本物の腐卵臭がしてきて、ガキの私は、腐るっていう概念とか知らなかったけど「これ食ったらアカンやつやん!」と認識していた。
それを無理やり食べさせられてたから、まあ卵嫌いにもなりますよね。
卵焼きを口にしたら吐くし、スクランブルエッグとかは見た目がグロくて拒絶反応を起こしていた。
でも一人暮らしをするようになって、自炊をするようになって、卵料理が食べれるようになった!オムライス美味しい!卵かけご飯美味しい!
まだ食べすぎると気分が悪くなる時はあるけど、それでも美味しいと感じるようになったのはめっちゃ嬉しい。
ポムの樹とか行くの憧れあったんよね〜。

2.アボカド
最近ギリ食べれるようになったもの。
野菜のくせにドロドロしてるし、なんか生ぬるいし、ベチョ〜〜っと口内で広がる青臭さが全然私には合わなかった。
「アボカドはマグロと同じ食感で〜、アボカドとマグロととろろの三色丼が〜」みたいなのは全く賛同できない。
マグロあんなぐちゃぐちゃしてなくないか!?マグロととろろは合うけど、何でわざわざそこに青くせぇアボカド入れて邪魔するんや!?と思って、アボカドをずっと嫌厭してきた。
ところが先日、友人宅で料理を振舞ってもらった時にアボカド料理が出てきた。
その友人の料理はプロ級に美味く、全部が食べたことない味がして、全部が美味しかった。なんかフルコースで振舞ってもらったし…!
そんな友人の料理でもさぁ、流石にアボカドは、ね……?ふふふ、事前にアボカド嫌いって伝えた気がするけど?まぁ食べますよ?残す方が嫌なんでね?

めちゃうまアボカドサラダ


う、美味いな……。ソースが美味いのか単純にアボカドとしての質がいいのか分からないけど、少なくとも今まで食べたアボカドの中では圧倒的に食べやすい。
海老と一緒に食べても海老の美味しさを邪魔せず、ちゃんと料理として成立していて美味しい。
この日以来アボカドに少し興味を持てるようになった。美味しいアボカドレシピ、お待ちしております。

3.かぼちゃ
私は、じゃがいもさつまいも等の芋類が結構苦手の部類に入る。
同じ味しかしないから食べてて飽きてくるし、それでいてお腹にたまるから「芋でお腹膨れてるのか……」と嫌な気分になってくる。
かぼちゃは芋類では無いが、それに近い感じはする。
かぼちゃを食べる時って、よく甘い煮付けにされて出てくるイメージがある。硬ぇ上に甘ったるくてそれでいてネチョネチョしてるし…。
食感も好きではないし、噛むの疲れるし、お腹にたまるし、味も好みじゃないし、最悪である。
そんなかぼちゃでも、かぼちゃスープ、かぼちゃプリンなど、一旦食感をなくして別の料理にしてしまえばめちゃくちゃ美味しくなることを発見した。
最近ブレンダーを購入した、3D制作ソフトではなくて、食材を潰したりかき混ぜたりする方のブレンダーだ。早くかぼちゃスープ作って見たいね。

ちなみに未だ食べられない、嫌いな食べ物も存在する。
珈琲、抹茶、パクチー、ゴーヤなど、苦味が強いものはほぼ食べれない。
大人になりつつあるけれど、食べれないものはやっぱりあるんだよね〜。


皆さんはもう、大人になれてますか?


好き嫌いとかない?人前で泣いたりしない?社会的責任を負ったり、後輩に奢ったり、先輩に頭下げたりしてる?

私はまだ大学生で、20いくつで、子どもとして扱われることもあるけど、大人としての振る舞いを求められることもある。
めんどくさくて便利で良い時期だね。

自分より年齢の低い子ども達と遊んでいる時とか、家庭教師をしている時とか、話し合いする時とか、やっぱり大人な対応ができるようになってきている感じは、する。多分、違うかったらごめんなさい。

自信を持って100%大人や!と言い張れる日はくるのかなぁと心配している。
私よりはるかに大人に「あなたはもう大人?完全に大人になれてるの?」と聞いてみた。
そしたら「大人は青天井で、まだまだ大人になれるところもあるね。」と返答された。

既に大人に見えるこの人も、やっぱり子どもの部分は残ってて、それでいて大人の部分はまだまだ成長できるらしい。

果てしないね、頑張っていきましょう。


今日、郵便局に行った。


郵便局や銀行は、どうしても「大人」な感じがしていつも緊張してしまう。
「安定」「日常」「預金」「丁寧」……こういった言葉が、大人を表してるように感じるし、自分とは真逆の存在のように思えてくる。
私は「刺激中毒」「怠惰」「惰眠」みたいな言葉の方が近いんじゃないかなあ。

それでも最近、そういう大人の良さみたいなのも感じれるようになってきた。
日常を紡ぎ生きる人のことを尊敬できるようになれた。

昔の彼氏に「あなたってつまらない人間だよね、面白くなれないの?」と言って別れた時から、かなり成長したんじゃないかなあ。
流石に申し訳ないことを言ったとは思っているが、根本の部分では私は面白さを求めているから、別れたのは妥当である。
彼は私の面白い部分を好きになってくれたのだけれど、面白い自分で居続けるには面白い人が周りにいてほしいと思っていた。
彼はそれに不適合だった、それだけのことだ。

昔の私は彼をつまらないと表現してしまったが、私より大人だっただけなのだ。
大人な彼は、日々のルーティーンを大切にし、丁寧に暮らし、彼の使命のようなものを果たすために生きていたのだ。

彼は、「俺は面白い人間にはなれないよ。」と言ってくれた。
私が好む「快楽」「刺激」「非日常」は、彼は求めていない。
諦める代わりに、別の大切なものを守り続けているのだ。

そんな彼は今、銀行で働いている。


冬が好きだ。


どうしようもなく寒い、冬が好きだ。
冬の寒さは、私が神戸の海辺に住んでいた頃を思い出す。
あの頃は、進学のことも、家族のことも、恋愛のことも、全てに絶望していて、未来なんて何もないと思っていた。
私の人生が今後楽しくなることなんてないだろうと思っていた。

夜型の私は、いつも26時くらいから病み出していた。
そして絶望を抱えたまま、歩いて20分くらいの海岸公園に散歩しに行っていた。
街灯はついているけどかなり暗いし、昼間は繁華街で賑わっている道も誰もいない、神戸の街を独り占めしながら歩いていた。

夜の海は黒くて、遠くに神戸空港の灯りが見えるくらいで何もなかった。
飛び込めばすぐに逝けるような、海に還れるような。

冬の冷たい風に当たると、私は必ず、そういう侘しさや、寂しさやを思い出すことができる。
耐えることしかできなかったあの日々は、それでもどこか心地よかった気がする。
絶望しかないもの同士で仲間がいたし、病んで病みまくれる時間はあったし、その暇さが、さらに思考を加速させることができる。

冬も、なんだか大人と近いところにあるのかもしれない。


先日、こんな動画を見つけた。


何故熱帯に発展途上国が多くて、温帯と冷帯に先進国が多いのかを解説した動画である。
この動画、結構面白いので是非全部視聴してほしいのだが、簡単にまとめると

・熱帯では植物がよく育ち、1年中食料に困ることがない。また食物を貯めようとすると、湿気に負けて腐ってしまう。だから熱帯では「貯蔵」「貯蓄」の概念が育たなかった。

・温帯や冷帯では逆に、冬には食物が育たないので食料に困ってしまう。だから「貯蔵」「貯蓄」の概念が発達し、経済が発展していった。

みたいな感じである。
言われてみれば理解できる話じゃないだろうか。
そういった気候による生活の違いが、人間性の違いも生み出しているのが感じ取れるだろう。
熱帯(私は今思い浮かべているのは東南アジア)は、人々がおおらかな気質をしていて、今日その日を楽しく生きることが正義、そんな風な気質を持っているという偏見がある。

あーあ、大航海時代なんて来なければ、人が生まれついたその地で暮らすことを正義としていたら、こんな日々は来なかったのになあ。

また今日のnoteも、悲観で終わってしまった。
あーあ、ジメジメしてんなあ……。


メモ:
本返した!郵便局行った!
凍結していた銀行口座が使えるようになった( ; ; )
がっこに行った、本借りたり返したりした、えらいね
教育番組のテーマ、ピアノで少し練習した、結構連打多くて小指辛い
今日は上手く書けなかった、とりあえず4800くらいで文字数は満足してるけど、1つ1つの内容をもっと深掘りたいね

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