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京都〜日光570キロを9日間で走った話(その11)


時は古の江戸時代。50名ほどの行軍にて京都から日光へ、15日間をかけて幣帛を奉納するために参上する、これがなんと200年以上欠かすことなく続けられてきたことは驚嘆の念を禁じえませんが、それからさらに200年近くたった現代にそれを再現して走ろうなどという大会が開催されてしまうとは、お釈迦様でも江戸の将軍様でもご存知無かったでしょう。考えてみると京都から日光は車で移動しても大変な距離。普通の人なら冗談でしょと笑われてしまうような時間と体力を費やしており、我ながらよくぞここまで走ってきたものだと思わざるを得ません。これでまたさらに変人とかヘンタイとか言われそうですが、ランナーにとってはヘンタイと呼ばれるのはある種勲章のようなものなので無問題です。

というわけで最終日のスタートです。今日は日光東照宮まで残り50キロあまりの道で、ゴールは17時ごろの予定。今日は一人祝賀会をするつもりでホテルの夕食のコースも予約しており、そのためホテルには18時ごろまでのチェックインが必達です。朝食を取って栃木市のホテルをスタート。合戦場といういかにもそれらしい宿場町を抜け、鹿沼を超えると日光杉並木街道に入ります。

日光杉並木街道。最終盤に向け気分が高揚する


杉並木街道を抜け、ゴール前の最終チェックポイントの今市に到着します。それにしてもやはり今日は全くランナーの方に出会いません。ランナーに用意されたチェックシートを確認しても、前後の方とはかなり離れています。
しかしラストは誰かと一緒にゴールし、その喜びを分かち合いたいもの。「2人で走ると苦しみは半分になり、喜びは2倍になる」障害者伴走でよく聞く言葉を思い浮かべながら、私は今市のコンビニで最後の休憩を取り、あと残り8キロの道のりのラストスパートへ向かおうとしました。
その時。

コンビニの前を、二人のランナーが通り過ぎました。

!!

これは、、ひょっとして大会参加者?と思ったのですがゼッケンをつけていません。いや、それでも少し話し相手になってくれれば!と思い、慌ててコンビニを出た私はそのお二人に話しかけました。

「こんにちは〜どちらから来られたんですか?」
「はい、栃木から走ってきました」
「そうですか〜。私は京都から走ってきまして」」
「ええ〜!!?」
「じつはかくかくしかじかでして」
「ぜひゴールまでご一緒させて下さい!」

旅は道連れ、世は情け。めでたく私は強力なお二人の仲間を共に、東照宮までの道のりで喜びを分かち合うことができるようになったのです。やはり日頃の行いというのは大事です。
聞くと二人はご夫婦で、コロナ禍で運動不足になったこともありつい最近二人でランニングを始められたとのこと。やはりランナー同士となると初対面でも話が弾むものです。私は道中で今までの9日間のエピソードのダイジェスト版を披露しつつ、さっそくラインも交換させていただきました。しかし、お二人にとって初めてできたラン友が私のような特殊な人間で良かったのでしょうか。鶏の卵と思って育てたらキングギドラだったようなものではないですか。

そんな面持ちでランニング談義をしながら走っていると、あっという間に日光の山並みが大きくなって来ます。遠くには日光駅が見えてきました。あと2キロこの道を登ればゴール! そんな時、不意に前方から声をかけられました。
「お疲れさまです!水とお菓子ありますよ〜」
「!?」

日光駅近くでスポーツショップを経営されている星野ご夫妻。奥さんの星野由香里さんは今年のUTMF(富士山の周りを走る100マイルレース)で見事女子3位となる。

なんと!あの有名なウルトラトレイルランナーの星野由香里さんご夫妻ではないですか。しかもこんなマイナーな大会で、いつ人が通るかわからないような場所でランナーに差し入れをしていただけるとは。今日はおそらく昼からずっと待ってて私で3人目だったはずですよ。
感激が頂点に達した私は思わず何枚も記念写真を取らせていただき、丁重にお礼を述べてその場を後にしました。やはり強いランナーというのは優しいものです。ありがとう星野さん、来年は私もUTMF出ますよ!
そして日光駅を越え、坂道が次第に急になってきます。しかし、心が軽やかならば足取りも軽くなるのは不思議なもの。東照宮への急な坂道を軽快に走って登り出しました。9日間の出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡ります。表参道が現れると、あとはまっすぐに走るだけ。

広い参道を東照宮の門に向かって思い切り駆け抜けます。同行していただいたお二人による、割れんばかりの大きな拍手と歓声に包まれて東照宮の正門前に到着しました。おそらくどんなオリンピックのマラソンランナーでもゴールにこれだけの声援は無かったに違いない、そう思わせるに十分な、感極まった劇的なゴールでした。

ゴール後の写真、9日間の思いを爆発させる。


記録9日間と9時間24分。全体としては44人出走し32人完走。私は29番目でのゴールとなりました。ありがとう例幣使!ありがとう素敵な仲間たち!

さて、この大会は今後はどうなるのでしょうか。
本来は隔年開催の計画だったようですが、出走者たちからのあまりの評判の良さに来年も開催されることが検討されているようです。確かに500キロ超の常軌を逸した大会ではありますが、一日50数キロを走れば制限時間内に到着できることを考えると、慌てて行かずとも走りながら旅を楽しみながらのゴールも可能です。そんな現代では忘れられた究極の旅の姿がそこにあるのだと考えると、この先数年のゴールデンウィークをすべてこの大会に費やしたとしても全く悪くないでしょう。まぁどうせ大した予定も無いし今から全部予定を入れておきますか。

都内で開催した打ち上げを終えて、私はそういったことを考えていました。ありがとう。令和の例幣使たちよ、永遠なれ!

(この章終わり)

後日開催した打ち上げでの令和の例幣使たち。表情が本大会の充実さを物語っている。

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