京都〜日光570キロを9日間で走った話(その7)
「え?もう関東に入った人もいるんですか?」
本大会の参加者は40人程度ですが、私のように9日間の計画を立てて走る人もいれば、全くの無計画でテントを持って野宿で通す人もあり、また5日間程度で昼も夜も突っ走って走る人もいます。選手だけに公開されていた速報サイトを見ると私は結構後ろの方で、速い選手は4日目の夜には碓氷峠を越えていたようです。とても同じ人間の業とは思えず、どちらかといえば「化け物」という言葉の方が近いでしょう。
しかし、最初はよく見かけたランナーの方々も、5日目ともなるとまばらになりかなりレアな存在になります。そういう事情もあり、木曽福島の宿を出た直後に同業者の方を見かけた際は非常に嬉しくなり、思わず声をかけてしまったとしても一体誰が私を責める事ができるというのでしょう。
「暇なのでしばらくご一緒しましょう!」
お互い人に飢えていたということもあり、しばらく会話しながら中山道の道中を進みました。その日は非常に良い天気。中山道の随一の難所である鳥居峠をなんとかクリアし、麓の奈良井宿に到着しました。
町並みから五平餅の非常にいい匂いが漂ってきます。こういう風情がある町で五平餅を食しながら休憩するのも悪くあるまい。そう考え、我々は休憩することにしました。
一応、付近の住民の方と会話する際はマスクをするのがマナーです。「五平餅一つ下さい!」私は出店のベンチに腰掛けて、商品の完成を待っていました。
しかしその時、その同行していたランナーの方も同様にマスクを取り出したのですが、それが不織布のマスクだったのです。
「ホームズ、なんで不織布のマスクが不自然なんだい?」
「ワトソン君、こうした長丁場の大会では、雨や汗などに濡れて不織布マスクだとすぐに駄目になってしまうんだ。だから普通は繰り返し洗える通気性の良い布マスクを使うんだよ」
「そうか、だとしたらこの方はなんで不織布マスクをしているんだろうか」
「おそらく途中で自分のマスクを落としたと考えるのが自然だね。そういえばこの筆者は、二日目に道端でマスクを拾って持ち歩いていたんじゃないかな」
世界的な名探偵、シャーロック・ホームズ氏の言葉が脳内に駆け巡ります。私はおもむろに二日目から持ち歩いていたマスクを取り出しました。
「ひょっとしたら、滋賀県で某スポーツメーカーのマスクを落としませんでしたか?私持っていますが」
「え!?それ私のです!」
マスクを拾って三日後に道端で偶然会った相手に届けるというのは、まさにジョホールバルの奇跡を彷彿とさせる出来事と言わずしてなんと言いましょう。お相手の方からは「ありがとう、あなたは神です!」とまで言われましたが、神は一人ひとりの心に宿るのですよ。知らんけど。
その後、その方とは別れ、私は今日の宿の下諏訪に向かいました。途中、
塩尻から諏訪に向けて歩いていると、農作業をされている方から「早く山を降りないと山賊が出るよ」と言われ、慌てて先を急ぎます。
山を降りるとようやく諏訪湖が見えてきます。幸い山賊に遭遇することはありませんでしたが、しかしこのご時世、山賊家業の方など本当にいるのだろうか? どんな格好をしているんだ?
少し後ろ髪を惹かれながらではありましたが、無事今日のホテルに到着しました。ようやく京都からの道のりも半分が過ぎ、明日はいよいよ最大の難所である和田峠超えです。
山賊や 月は東に 日は西に
(その8へ続く)