春雨(はるあめ)
好きな人に振られり
振られる
振られれば
振られるとき
いや、
振られる
振られれ
振られよ
振られりるれろ…
このくらいには頭のおかしい事を口走ってしまう心理状況にある。
振られた。重かった、のだそうだ。わたしの気持ちが。
桜の季節でひさしぶりの恋で、わたしは完全に浮かれていた。
突然現れた魅力的な男。
具体的には、長身で細身の派手な柄シャツが絶妙に似合う眼鏡の男に、秒で心酔した。
姿かたちと話し方がツボすぎたのだ。
でも、季節性の恋は春の終わりに、みごと散っていった。
彼は、わたし好みの丁寧な喋り口で語った。
「俺といるときだけ頬の位置が高くなって口角が上がっている」
「話すとき常に瞳孔が開き気味で目がうるうるきらきらしている」
そしてそれが怖い、と。
え?それってカワイイ…くない?OKな子にされたらめちゃくちゃ嬉しいやつじゃないの??
あそっか。わたしが違ったのだ。つまり、わたしたちは始まってもいなかった。
でも、あれだけ舞い上がらせておいて。
風に舞い上がる桜の花びらみたいな気持ちにさせておいて。
急にはしごを外された気分になっている。勝手なわたし。
そういえば最近ツイてなかった。
ユニクロの例のシールを剥がし忘れたまま外出してしまうし、
彼と至近距離で話せた日には、家に帰ってから大きめの目ヤニに気づいた。
目をキラキラさせながら大きめの目ヤニを付け終始ニヤついている女。怖すぎる。
いつもなにかが付いていがちで、ゆえにツイていなかった。
そんなツイてないウィーク、前のめり気味に告白したわたしは失恋した。
その傷をえぐらないよう、それからなるべく引きこもり、おとなしくしていた。なのに。
今日、仕事の合間、遅めの昼休憩で最寄りのコンビニへ出かけた時のこと。
もう葉桜の季節、桜が惑うことなく舞い落ちていた。
ちょうど小学校の下校時刻と重なったらしく、ランドセルを背負った子どもたちがちらほら。
中には入学したての新一年生であろう小さな子もいて、とても微笑ましかった。
こんな状況でも、純真な存在は輝いて映るのだな…なんてエモくなっていたのも束の間、
ひと際おかしな動きをする存在が視界をかすめる。
交通整理よろしく、一心不乱に白い旗を振っている少年。
半袖半ズボン、笛は持っておらず口で盛んに、ピッ!ピピッ!と軽快に見えない何かを統制している。
わたしはすぐ視線をそらし、その少年を避け遠巻きにコンビニ方面へ向かった。
「…ピ、ピピピピピピーーーーー!!!」
その刹那、ひときわ大きな口頭の警笛。
少年は旗を振りながらわたしめがけて一直線に駆け寄ってきた。
「おばさん!目のとこ、に…!」
まだ二十五歳なのにな。また目ヤニかな。旗棒の先端をいきなりひとに向けないでほしいな。
突然の少年の来襲に驚きすぎて、わたしの顔面は無の極みを体現したものになっていたと思う。
少年はそのままなんの迷いもなく背伸びをし、
その黄ばんでいそうな白い旗でわたしの目元を拭う。
図らずも涙を拭ってくれるような仕草になった。舞い散った桜が顔に付いていたのだ。
「これで、なにもかも大丈夫!!です!」
力強く敬礼し、またピピピピ言いながら少年は彼の持ち場へ戻っていく。
一瞬の出来事にわたしは呆気にとられたままだったが、急におかしくなって思わず笑った。
なに今の、全然意味がわからない。
…でも、少年の言うことを信じたならば、これでなにもかも大丈夫なのかもしれない。
わたしと彼の、決して多くはない、なにもかも。が、舞い散っていくような気がした。そしてその様子は、きっととてもとてもきれいで爽快なのに違いなかった。
わたしは妙に納得してしまい、今度はふふふと声に出して笑った。
いつのまにか、お天気だったはずの空模様が変わり、一瞬にして厚い雲が陽を遮る。
春のにわか雨だ。
葉桜を最後の一息とばかりに、ざぁっと流していく。
(2021年5月書き出し縛りのZINE文学交換会/「好きな人に振られ」)
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