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もののけにショートケーキ

 「最近はあふぬんにはまってるんですー」と、インターンの大学生がぴかぴかの笑顔で教えてくれた。今日職場の昼休みでのこと。金曜で仕事が溜まり、疲労も溜まっているミドサーでカサカサお肌のわたしは「あふぬん」が一体何なのかわからない。頭もうまく回らず、そうなんだ〜いいね〜、なんてごまかしながら軽く流してしまったけれど、それでもまだ彼女が楽しく会話を続けてくれたからほっとした。雑談の中、その後の会話からもしかしたら「あふぬん」に関するヒントが出ていたのかもしれない。けれどふと午後の打ち合わせの資料に目を通していないことに気がついて、思考がそちらにいってしまって帰ってこず、結局それがなんだったのかわからずじまいだった。そしてその夜、湯船に浸かっている時に思い出した。「あふぬん」て一体何なのだろう。

 わたしの予想では、たぶん妖怪の類だ。「妖怪あふぬん」。マイナーながら、きっと妖怪図鑑の後ろの方のページには載っているのだろう。おそらくどこか南の方のローカルな妖怪で、ジャンボなたぬきの信楽焼くらいの大きさ。二足歩行で、黒いカラダにウナギのような尻尾、大きな口を横にイーっと広げていて、立派な歯があり舌をべろんと垂らしている。そしてなにかのタイミングで「ぬん」と人間の前に現れるのだ。でも、「あふぬん」は悪さはしない。人間が自分の姿に驚くのを見て喜び、笑っているのか、口の端から「あふふ」と小さく鳴き声がもれる。そんな善良な、かわいげのある妖怪である。あれ?でも、今時の女子大生がそんな妖怪にはまるとは?どうして??いや、それはわたしの予想が正解でないから、という可能性が高かった。ここで「あふぬん」が妖怪ではなさそうなことに思い当たってしまったが、同時にわたしの中ではオリジナルの妖怪もできあがってしまった。思いの外詳細にイメージしてしまったので、すぐには手放せなさそうだった。

 それからしばらく「あふぬん」はわたしの脳裏に居座り続けた。それなりに愛着があって苦手ながらイラストに起こしたりもした。(それは結局下手すぎてあふぬんに申し訳ないため破棄してしまったのだが。)図書館に行ったついでに妖怪図鑑をパラパラとめくってみても、「あふぬん」の名前はやはりというか当然なくて、寂しい気持ちになったりしていた。本物がいたら絶対かわいいのにな。行ったことないけれど奄美大島あたりが似合いそう。「奄美・あふぬん目撃ツアー」なんて旅行会社が企画していたら、わたしは絶対に申し込んでしまう。

 それから季節が変わって、かの女子大生はインターンを卒業し、わたしも徐々に「あふぬん」を思い出さなくなっていた。そんな頃、仕事帰りのターミナル駅で、赤・白・ピンクの可憐で魅惑的なポスターが目に入った。老舗ホテルのアフタヌーンティーで、いちごスイーツフェアが開催されるらしい。通りすがりの女子二人組が「いいな〜アフヌン行きたい!」と楽しげに話していた。ここでわたしははじめて気がついた。「あふぬん」がアフタヌーンティーの略だったということに。え、アフタヌーンティーをそういうふうに略すんだ。へええ?ふーーーん?語呂も悪いし馴染まない気もするが、どうにもそういうことらしい。

 正解がわかっても、わたしの中の「あふぬん」はやっぱり黒くて大きい、舌をべろんと垂らした妖怪だった。「妖怪あふぬん」がどうしてもアフタヌーンティーとは結びつかない。だが、ただひとつわたしの中でアップデートがあって、彼に可愛らしい特徴が加わった。「あふぬん」の好物が、いちごと生クリーム、というものだ。不似合いなようなギャップ萌えなようなその様子が、あまりにもアンバランスで自分で笑ってしまった。今度友人を誘って「アフヌン」に行ってみようか。でもとりあえず今日のところは、スーパーへ寄り「あふぬん」が好きそうなショートケーキをひとつ買って家路につくことにした。

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