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遠野巡灯篭木’24 Food Moment #4「遠野のからだになる」-遠野巡灯篭木が繋ぐ人と食、そして自然

遠野巡灯篭木’24 フードプロデューサー 植山美里さん

 京都、徳島・神山、岩手・遠野を経て、現在は岩手・奥州を拠点に活動を行っている料理家の植山美里さん。「食と自然のつながり」を人々が集う場に創出することが、美里さんの料理の根底にある。食をめぐり、様々な土地に移住してきた美里さんの「旅」の遍歴と共に、今回の食体験プロデュースに寄せる想いを伺った。

料理との出会い、京都、神山、そして岩手、遠野へ

 「好きなことを仕事にしたい」と思い、美里さんが料理の道に入ったのは、大学卒業後新卒入社で人材会社に入って一年が経ったときのこと。仕事の内容も、やり方も、自分自身で決める「フリーランス」であることを志した。修行を積みレストランを開業する、という道ではなく、料理を提供する場をデザインすることそのものをやりたいと思い、当時はまだ主流ではなかったケータリングの仕事に飛び込んだのは十年前のことだ。そこで当時暮らしていた生まれ故郷の京都を拠点とする料理家のアシスタントとなった。料理家の方のエッセンスを感じながら、お店を回すこと、調理をすること、料理の見せ方、そして地域で作られた食材と向き合うことを学んだ。

 転機となったのは、2015年。当時立ち上がったばかりの徳島県神山町にある宿泊施設の料理人募集の告知を見て応募。当時から神山は地方創生で注目されていた場所。日本全国、そして世界から様々な人たちが集まっていた。「一緒にやってみたい人たちがいた」と語る美里さんは、ここでメニュー開発と料理の提供に従事する。当時の神山では、景観を守りながらも、地域の農業と食文化を次世代につなげる無農薬、無化学肥料の栽培を志す農業が、移住者を中心に営まれていた。2010年代のアメリカ西海岸からはじまった「ファームトゥテーブル(“農場から食卓へ”)」の理念が志す地産地消の潮流の中心にあるような土地だった。「自分のベースにあるのは、身の回りのもので料理を作っていくこと」と美里さんは言う。それは、「自然と人が繋がる」ことであり、美里さんの料理の根底にある強い想いでもある。

 遠野の馬と共生する宿泊施設との出会いが次の転機をもたらした。早池峰山の南側、遠野盆地の北側に位置する宿泊施設は、広葉樹を主とする森と小沢を抱える里山を有し、牧草地で馬が放牧され、またここに連なる田畑では有機農業が営まれていた。馬とともに過ごすリトリートの体験に美里さんが参加したのは2017年2月のこと。雪深い里山で馬と過ごした景色と時間が忘れられず、その二カ月後に岩手への移住を決めた。

 岩手県奥州市でオープンしたばかりのカフェで料理の仕事を見つけた。ここで二年間カフェの仕事に従事した後に、2019年にフリーランスの料理家として美里さんは独立する。 独立後、さまざまな料理やレシピ開発を手がけるようになり、遠野に移住。四方を峠に囲まれた遠野の、山奥の家の周囲には、鹿や熊が生息し、電波も届かない環境だった。3月に移り住んだ際は、まだ雪が深く残っていた。山の景色を搔き分けて、山から山へと移動し、馬の世話をする仕事に昼間は従事。午後は山から下りて、カフェで働く生活を二カ月送った。

 その後、美里さんのパートナーが遠野で仕事をすることになったのをきっかけに、夫婦二人で遠野市街に拠点を移した。「及源鋳造」とのプロジェクトや、数々の遠野での縁や繋がりを得て、その後2023年に出産をきっかけにパートナーの実家に近い奥州市に戻り、遠野のお隣で暮らしている。

遠野・岩手の「自然と人が繋がる」食文化

 遠野と奥州は、歴史的に南部藩と伊達藩という異なる藩領だったため、言葉や食文化にも違いが見られる。例えば、米が豊富な奥州では餅が中心の食文化であるのに対し、遠野は多様な穀物が利用されている。美里さんは、六十代の方が「子供の頃に藁で寝ていた」という話を聞き、遠野は昔の日本の原型のような暮らしが色濃く残る土地である印象を受けたという。

 遠野の自然は厳しく、その暮らしはときに過酷だ。冬はマイナス20度になることもある。その寒さは、私たちの想像する冬とはまったく異なる。盆地で囲まれているため、すぐ隣の集落にも簡単に行くことができない。特に、吹雪く日の冬の山の移動は命がけとなる。美里さんは、実際に山で暮らした経験から、厳しい気候がこの土地の食文化に深く根ざしていることを身に染みて感じたという。

 また、自身が生まれ育った京都と岩手の食材を比べてみたときに一番に感じるのは、土地そのものの力だという。岩手の食材には圧倒的な自然の力がある。京都は人が作った町なのに対して、岩手には「人が踏み入れていない場所がまだあるんじゃないか、という圧倒的な自然の力」が色濃く残る。その力を岩手の食材に感じるという。

 美里さんが岩手で出会った南部鉄器も、この土地の「自然と人が繋がる」食文化を象徴している。南部鉄器は古くから土地の暮らしに馴染んできた調理器具だ。その起源は、900年前の平泉時代にさかのぼる。美里さんがレシピ開発を手がける南部鉄器の老舗である「及源鋳造」が所在する岩手県奥州市水沢も、半農半工の村人たちによって鋳物業が脈々と続いてきた土地だ。「自然素材が作り出した南部鉄器に、岩手の食材は合うんです。南部鉄器の強さに、岩手の食材は決して負けない」。

 「及源鋳造」の南部鉄器を使ったレシピを作る際に、美里さんは、「魅せる料理」よりも、「南部鉄器にそぐう料理」であることを大切にしているという。「鉄器はどんどん育っていく、だからこそ、しっかりと自分に馴染むまで使い込んでからレシピを作っています。自分と鉄器の距離をどんどん詰めていって、そこからレシピをつくっていきます」。南部鉄器は「使う人がどんなふうに使っていたのかが、百年後に現れてくる」、そんな調理器具だという。「鉄器でつけた焦げも調味料になる、そのくらい鉄器は自然に近いものだという意識を持って、レシピを作っています」。

「遠野のからだになる」-遠野巡灯篭木’24の食体験に寄せて

  今年の「遠野巡灯篭木」の食体験では、美里さんとともに若生和江さんと男沢悦子さんがフードプロデュースを担当する。美里さんがおふたりをプロジェクトに招いた。和江さんと悦子さんが遠野に受け継がれてきた郷土料理のエッセンスを担い、遠野らしさを伝える「遠野巡灯篭木」ならではの新しいメニューの開発を美里さんが担う。

 「遠野の地を食べる」というコンセプトを聞き、チームの編成、南部鉄器を使うこと、こんな料理がいいんじゃないか、ということが自然とイメージできたという。「自分が遠野に去年まで暮らし、そこで日々感じていたこと、見てきたことを、料理として表現したいと思います。また、準備を重ねていく中で、改めて自分が、ちゃんと遠野で暮らしていたんだな、という実感が湧きました。遠野で過ごしたのは四年間だけでしたが、そのなかでいろんな人たちと繋がり、土地のことを自分なりに深めて来れていたんだな、という喜びも感じました」。

 「『遠野の地を食べる』ということを意識してメニューを考えてきました。言葉では表現できない、食べることを通じて遠野が身体に沁み込んでいくような感覚を、皆さんに感じてほしいと思います。何料理、という大げさなものではない、華やかなものではないけれど、その土地で生まれたものを身体に入れて、遠野を感じていくような、そんな料理を作りたいと思います。郷土料理には名前と作り方があるけれど、私が作るメニューはそうではないもの。食材、作り方、一つ一つを取って、これはどちらが良いのか、と迷った時に、遠野をより感じる方を選んでいけたらいいなと思います」。

 「名前がある料理は作れない」、と美里さんは言う。「その時の状況や、空気感、偶然現れた発想を大切にしていきたいんです。今回提供する料理も、イメージとして名前をつけてみたけれど、自分のイメージをいつも超えていきたいと思っています」。

撮影:山口雄太郎

 今年は、ほとんどの野菜が「こんたでぃーの遠野」を通じて、遠野の生産者の方たちより提供される。その食材で料理をしていくことも、料理家としての楽しみの一つであるという。食材の一つ一つを実際に手に取ってみて初めてわかることもある。その中でふさわしい調理法が生まれてくる。「それは自然の在り方に近いプロセスだと思うし、まるで自然が移り変わるように料理をすること、それが遠野らしさであり、岩手らしさだと思います」。

 郷土料理が主役にあり、そこから、様々なメニューが派生していくこと。また、フードプロデューサーの三人が、それぞれの個性をどうひとつの場に調和していくのかというところも、今年の食体験の見どころの一つだ。「料理家として強く主張するということではなく、来場する参加者の皆さんと調和する、そんな場を作り上げたい」と美里さんは言う。

 「少しずつでも良いので、全部の品を食べてほしいです。全部食べていただいたからこそ、わかることがあると思います。どれも取りこぼせないし、どれか一つだけで成り立つというものでもない。だからこそ全部を食べていただき、来場する皆さんに『遠野のからだ』になってほしいと思います。ツアー一日目に、食を通じて身体が変わる、そうすると二日目から感じるものが変わってくると思うんです。皆さんにとって、遠野への入口となるような、そのような食事になってほしいと思います」。

植山美里

奥州市水沢在住。
料理家。料理を通して食と自然がつながることをテーマに人が集まる場づくりを行う。京都、徳島・神山、岩手・遠野を経て、現在は奥州を拠点に活動を行っている。

撮影:山口雄太郎




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