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【2】おっさんが子猫を温めただけの話

赤い箱の中で、心なしかか細くなった3匹の鳴き声。
ずぶ濡れで玄関にへたりこみ、ドッキリの可能性を疑い続ける中年男性。


前回はここまで。


どれくらい時間が経ったのか。
しばらくの放心状態の後、人感センサーで灯っていた照明が暗転して我に返る。
「ひと息ついてる場合じゃないぞ」
ソーラン節さながらに天井を仰いで再び灯りをつけ、行動を開始。


これまでの33年間、動物の世話なんてしたことはない。
ましてや、初めての挑戦がこんなに小さな子猫なんて難易度が高すぎる。
ただ、「一刻を争う事態である」ということだけはわかった。


ここからは情報社会の強みを活かすフェーズ。
iPhoneを手に取り、色々と調べ始める。


今にして思えば「子猫 保護」だとか「猫 拾った」だとか、最短で答えにたどり着けるルートは色々あっただろうに、気が動転している自覚すらないおじさんが絞り出した検索ワードは


「猫 どうすれば」


どんなに便利なテクノロジーも、結局は使う人次第ということ。


「Googleってすごい」と思ったのは、緊急事態で極端に語彙力が低下した人間にも優しいところ。
脳内をそのまま言語化しただけのこの乱暴な注文に対して、あれよあれよと出てくる先人たちの知恵と知識と体験談。
生後どれくらいかで多少対応は違うらしいが、「小さい」という「バカでもわかること」以外、今は正直わからない。
でも「とにかく体を温める」ということが急務らしい。


とりあえず暖房を入れ、リビングに赤い箱を移動させる。
いつになく機敏な動きで、部屋のあちこちに散らかった2リットルのペットボトルを集め、ラベルを剥ぎとって風呂場へ。
(中略)
「熱すぎず。熱すぎず。」と呪文のようにつぶやきながら、ひとつずつ満タンになっていくのを見守る。


3本のあたたかいペットボトルとありったけのバスタオルを抱え、待たせていた客人の元へ戻ると何故か水をうったように静かになっている。


嫌な予感がした。
人間の赤ちゃんと同じで、「鳴いてるうちはまだ元気」だなんて思っていたから。
怖くなって一瞬フタを開けることをためらい、家にたどり着いてからの自分の行動が走馬灯のように頭を巡った。


玄関で放心状態になっていた場面。あそこで貴重な時間をロスしてしまったのか。
これからすべきことを調べていた場面。あれをもっと効率よくできたのか。
風呂場でいつもの方向にコックをひねり、頭から冷水をかぶったあの場面。
「俺が先に死ぬぞ」なんて独りでぼやいていた時間が余計だったのか。(中略の部分)

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