F1未入賞者最多出走数グランプリ
ルカ・バドエルというF1レーサーをご存じだろうか。
1992年F3000チャンピオンという素晴らしいジュニアフォーミュラでの経歴を持ちながらもF1では入賞経験がなく、かつ入賞経験がないドライバーで最多出走回数を持つドライバーである。
(51回)
今日は、未入賞記録を伸ばしまくっていたジョージ・ラッセル選手が、ルイズちゃんがコロナになったので、代わりにメルセデスに乗り、人生初の入賞なるかということになりました。
https://www.as-web.jp/f1/650923?all
なので、今回は、F1において、未入賞者のランキングを作ることにしました。
データ引用 F1ーDATAWEB 様
https://f1-data.jp/script/db/stats/driver.php?field=final_races
ルール
決勝出走回数(予選落ち・予備予選落ちは含まない、決勝未出走も同様)
がばがばランキングなんで気にしないで見てください。
なお、未表彰台記録ランキングは
F1通信様の日本語訳の記事をごらんください。
http://blog.livedoor.jp/markzu/f1-news/52053566.html
1位 ルカ・バドエル( 出走回数 51回(未出走1回・予選落ち6回)
チーム 1993 ローラ(スクーデリア・イタリア)
1995 ミナルディ
1996 フォルティ
1999 ミナルディ
2009 フェラーリ
ご存じこのランキングの主役。
1992年国際F3000 チャンピオンという経歴を持ちながら、優勝はおろか入賞することがままならなかったドライバー。
2009年にフェリペ・マッサの頭部負傷で入賞なるかと思いきや、テスト制限の影響で悲惨な記録をたたき出したドライバー
(バリバリだったフィジケラもそのあと乗って1回も入賞できていないので 車になにかあったのかもしれない)
まあ、国際F3000チャンピオンになったのにチームが107%ルールを大幅に超過したので撤退した人(ビンセンソ・ソスピリ)や出れなかった人(ヨルグ・ミュラー)もいるので、フェラーリで羞恥プレイをさせられたことは悲惨かはわかりませんが。
1999年にミハエル・シューマッハがケガしたときは、当時ルーキーのジェネと大差なかったので代役はミカ・サロにとられたドライバー
そのあとニュルでアーバインやハッキネンを従えて4位を走っていたのにギヤボックスが壊れたドライバー
次があるさと慰めてきたマーシャルに、次はないんだと答えた悲惨な人。
まあそんなもんだと思います。
何気に1999年のミナルディ復帰時には最後のスクーデリア・イタリア戦士をジャンニ・モリビデリから、コンストラクターとしてのローラをリカルド・ロセットから、2009年の復帰時には最後のフォルティ戦士の資格をペドロ・ディニスから奪っている。
第2位 ジョージ・ラッセル
出走回数 36回 (未出走他無し)
チーム2019-2020 ウィリアムス
このランキング第2の主役。
ミナルディやジョーダン、ブラバム、ロータスといったチームといったチームと同様にいつのまにかなってしまったウィリアムスチームでクビサなどのチームメイトに予選で圧倒しているのに、荒れてもあまり恩恵を得ない人。
ルイズちゃんがコロナになったのでメルセデスに乗ることになり、記録は終了するのか注目。
逆にリタイヤに終わったらこの人入賞は難しいかもしれません。
第3位 マックス・チルトン (35回出走 未出走・予選落ち なし)
チーム 2013ー2014 マルシャ
以外にも、入賞ランキングが10位までに拡張された時代の人が続きます。
経歴を見てもマルシャなんで、入賞するのはほぼ不可能と思います。
(しかしジュールビアンキ選手が入賞したのはすごいと思いますが)
現在はインディーで活躍しているようです。
おそらく第2位はこの人になると思います。
第4位 高木虎之介
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%9C%A8%E8%99%8E%E4%B9%8B%E4%BB%8B
出走32回(予選落ち他無し)
チーム 1998 ティレル 1999アロウズ
日本人ドライバーを見ると、あまり日本のネットの人たちは客観視することが難しいので、なんか書くことはないと思います。
リカルドロセット選手には予選で大勝していたと思います。
アロウズ時代のチームメイトはまさかのペドロ・デラロサ選手でした。
第5位スコット・スピード
出走回数 28回 (予選落ち等無し)
チーム 2006年-2007年 トロロッソ
珍しいアメリカ人ドライバー。
名前がスピードなのにチームメイトだったリウッツィには入賞回数で負けていたりする。
といっても1回と0回の差ではあるが。
突如クビにされて代わりに乗ったのがセバスチャンベッテルである。
この人の思い出は特にありません。
スー様やリウッツィの思い出なら結構ありますけどね。
同率第5位 エンリケ・ベルノルディ
出走回数 28回 予選落ち1回
チーム2001年-2002年アロウズ
28回で同点になったのがレッドブルの支援を受けていたドライバーというのが奇妙な結果でもある。
金がないからと言われてチームメイトのハインツハラルドフレンツェンと一緒にフランスグランプリを予選落ちさせられたのは悲惨の一言でしかないと思う。
おまけ
第7位 リカルド・ロセット
出走回数 26回 未出走1回 予選落ち 5回
チーム 1996年 フットワーク
1997年 ローラ
1998年 ティレル
高木虎之介のチームメイトだったのと、1回でチームが消滅したマスターカードローラ戦士なので、記載する。
以下面倒なので名前だけ 左は出走回数 抜け漏れは知らん
25回 ルバート・キーガン(予選落ち10回・未出走2回)
なおここにブレンドンハートリーが入る(彼は9位・10位入賞がある)
24回 タルソ・マルケス (不通過・失格 各1)
アンソニーデビットソン
佐藤琢磨より速いことを証明するとスポンサーに顔向けが立たないため、カナダでウッドチャックを轢いてピットインしても誰もクルーが出てこなかったかわいそうな人。
23回 ジョニー・クレエ
ヤン・ラマース
ラウル・ポゼール
彼らは予選落ち・予備予選回数があるけど面倒なので省略。
ヤンラマースはルカバドエルと同じ10年ブランクがあってF1に乗った人
21回 ガストン・マッツアッカーネ
山本左近
セルゲイシトロキンも入るが10位入賞のおかげでランキング除外
20回 ジェローム・ダンブロジオ
アントニオ・ピオニッツア(2003年最高7位)、ゾルト・バルバームガードナー(2004年最高8位)は数年早ければランクインした。
まとめ
以外にも入賞6位までの時代の人が多いかと思われたが、高木虎之助とルカバドエルで20回程度の差があるため、その当時でも2年未入賞であればシート獲得の機会は減ってしまうことがわかる。
10位までの入賞における現代においては、年間20レースのため2年未入賞であれば40回程度となるため、未入賞ランキングが伸びることとなる。)
(とはいえ、ほぼ入賞が不可能なマシンはほぼないので、難しいと思われる。)
おまけ
初入賞までのレース数が一番長かったのは二コラ・ラリー二 54回
最も予備予選落ちを連発していたからであるが。
彼もルカバドエルと同様、フェラーリの代役ドライバーを務めており、初入賞(2位表彰台)のときはフェラーリのマシンを走らせていたが、1994年サンマリノだったので死亡事故が発生したレースだった。
https://www.f1-data.jp/script/db/stats/driver.php?field=races_first_prize
おしまい
3000字のくそレポート
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