世界最恐のホラー映画「呪詛」のススメ(ネタバレほぼなし)
あまりにも衝撃的な映画を観た。
なので、ここに記録しておこうと思う。
備忘のため、という訳ではない。
この映画は、忘れたくても忘れられない。
むしろ忘れられるなら忘れたい。
では何のために記すのか。
私以外の犠牲者を増やしたいからだ。
そうすれば私が受けた衝撃が相対的に薄まる気がする。
これからオススメする映画のタイトルは
「呪詛」という。台湾のホラー映画だ。
観た人はこのタイトルを読んだだけで、すでに逃げ出していることだろう。
でも、あなたは運悪く知らないかもしれない。
「聞いたことないな」そう思っている可能性すらある。
なぜなら、この映画は日本の映画館では上映されていないからだ。
まだ日本では出回ってる情報が少ない。
(現時点では。ただし、すぐに知れ渡るであろう)
ではどうやって視聴すればいいのかと言うと、
2022年7月8日よりNetflixで独占配信している。
なので今すぐNetflixと契約してほしい。
恨まれる覚悟でいうと、絶対に損はさせない。
「映画館で上映していないホラーということはB級・C級ホラーなのかな」と思ってしまったかもしれない。だが残念ながらそうではない。
これは映画配給会社の人も「怖すぎて日本では一般向けは不可能」と判断したのだろう。もしくはNetflixが配給担当者の口に大金をねじ込んで、独り占めしたに違いない。
つまり何が言いたいかと言うと例え日本の映画館で上映してなくても
A級、いやS級のホラー大作映画である、ということだ。
事実、台湾では2022年の映画として最も高い興行成績を記録している。
ちなみにNetflixではこの映画を「台湾史上最も怖い映画」と紹介しているがそれは完全に間違っている。
この記事を書いてる私はホラー制作を生業としている。そのため、仕事やプライベートを通じて数々のホラー映画を観てきた。
しかしこの「呪詛」がダントツのナンバーワンとして記録を更新してしまった。
なのでこの映画は「世界で最も怖い映画」、そう捉えていただきたい。
この映画、つまりこういう映画である。
台湾の「ミッドサマー」な場所で「コンジアム」なことを仕出かした結果「リング」の親子が「REC」しながら「へレディタリー」に悩まされる「シライサン」。
何言ってるかわからんだろう。でも観たら分かる。
まずは予告編を観ていただこう。人類の9割はこの時点でブラウザバックをするであろうが、まずはこれに耐えていただくしかない。
滅亡を免れた人類の1割のためにも続きを書こうと思う。
この予告編だけでも圧倒的な「圧!」とともに「アジア的宗教感」「主観目線」を特徴としてる事が読み取れるだろう。実際にこの2つは映画の中でも恐怖を作り出す上で素晴らしい仕事をしている。
ではこの映画の素晴らしい箇所をネタバレを最小限に紹介していこう。
(本当ならこんな文章を読む前に今すぐ視聴してほしいが、事細かに説明しないとあなたが観てくれないのも知ってるのだ)
ストーリーについて
ストーリーを分解してみると実はそこまで複雑なプロットではない。
時系列が意図的にバラバラにされているので直感的につかみにくい箇所はあるが、それはよくある「ミステリートリック(どんでん返しとか・〇〇が犯人だとか)」を誘発するためではない。
単に恐怖演出のためだ。
なので余計な考察などは気にせず、純粋に映像を楽しんでいただければ良い。
(なのでネタバレ的な話は気にする必要もない映画だ。若干の仕掛けはあるが、そんなことは予想できても、この映画の恐怖は少しも下がらない)
簡単なストーリーはこうだ。
若い母親であるルオナン。彼女は精神的な病状と判断され数年前に娘であるドゥオドゥオを施設に預けていた。やっとのことでルオナンは施設に預けていたドゥオドゥオと一緒に過ごすことが許され、ドゥオドゥオを我が家に迎える。しかしその後、自宅で様々な恐ろしいことが起こりはじめる。衰弱するドゥオドゥオ。ルオナンは原因となった6年前の出来事について視聴者に語りだす。ルオナンは6年前、仲間たちと一緒に「絶対に訪れてはならない地下道」に行ってしまったのだという。
ストーリーの流れを見ると映画「リング」との共通項も数多く見いだせる。
呪いを受けた娘を救うために母親が試行錯誤する話だ。
この物語累型の良いところは「呪いの対象は自分に向くより大事な家族に向くほうが恐ろしい」ということだ。
「自分のせいで自分に呪いが起きたら、自業自得だな」と思えるが、それが家族、こと小さな娘に向くとなると、観てるこちらも冷静ではいられない。なんとか娘を救おうとするルオナンと勝手に同調してしまう、自分ごとのように観てしまうわけだ。
恐怖演出について
この映画は「人を恐怖に陥れるテクニック」が惜しみなく使われている。
そもそもホラーにおける恐怖感情は「生理的恐怖」と「文化的恐怖」という2つの種類で把握すると理解しやすいと考えている。
・生理的恐怖:人間が本来的に持ってる恐怖感情(暗闇や高所・血など)
・文化的恐怖:人間が後天的に持つ恐怖感情(宗教や死生観など)
この映画では、その2種類の恐怖感情が少しも休むこと無く提供される。
生理的恐怖部分は説明しすぎると、確実に観る人が減ってしまうのであまり詳細には説明しない。
ちょろっと言うと…、虫はある。蓮コラも、ちょとっとある…。
でも、でも、グロはそんなにない…。
映画全体的にいえることだが、この映画全体を通して「美術観念」は非常に高く設定されており、この映画が下品になるような表現は限りなく少ない。
「虫」にしても「蓮」にしても「画が美しい」「表現が巧みだ」という感情になるように矜持をともなって配置されている。
「快」か「不快」かでいうと圧倒的に「不快」ではあるのだが、突き抜けることで根源的なアートを感じる作品である。
※この辺の感覚はホラー好きとホラー苦手勢で感覚がまるで違うので、説明しても分かり合えない気はしている。
(ミッドサマーを観てホラー好きが「美しいよね」というとホラー苦手勢が「どこがやねん」という状況ですね)
文化的恐怖の話に移ろう。
この映画では「宗教」を恐怖発生装置として巧みに扱っている。
これが文化的恐怖を見事に作り出している。
映画内で「土着の仏教系宗教」が恐怖装置として大きく扱われている。
アジア系仏教については私は詳しくないので細かい話は避けるが、いろいろ調べてみるに日本人の宗教観、死生観は台湾人のそれと近いのではと思われる。死生観が近いと「恐怖」に関する直感的な捉え方も近くなるのだ。
日本人である私は「キリスト教における悪魔祓い」という演出を観ても「畏怖の念」は感じくい。ゾンビを観ても「宗教的禁忌」を感じることはない。
大好きな「ミッドサマー」を観ても、宗教的な没入感という点はあまり感じない。それはミッドサマーに登場するカルト宗教が夏至祭を神聖視する原始的なキリスト教ベースの北欧異教のため、作り込みには感動するが、文化としての馴染みが薄いからであろう。
だがこの映画においては話が違う。登場する儀式、宗教観、呪いの対象、禁忌、その全てが直感的に分かってしまうのである。これが心に染み渡る恐怖を作り出してくれるのだ。
この映画ではさらに「名前」に呪いをかけるようなシーンが有る。
「名前」と呪いの関係は日本人にも馴染みが深い。映画のニュアンスとは異なるが、陰陽師も呪いを避けるために「真の名」を隠していた訳で、このあたりの腑に落ちる感覚も非常に高い。
また映像トリックや視聴者参加性による「催眠効果」も上手く活用されている。こちらの脳の仕組みまで、この映画は演出対象としているのだ。
説明しすぎるのは野暮なので詳細は省くが、前のめりな姿勢がこの映画を何倍も楽しくするのは間違いない。ぜひ電気を消して、トイレは済ませて、没入できる状態で味わってほしい。
ある白画面が出た瞬間「うますぎるだろ!」と声が出た。
POV(Point of View:主観目線)の演出にも触れておきたい。
POVは「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」以降大流行し、大失速した映像表現である。(私自身POVは大好物過ぎてPOV作品を作りまくってる人間なので、否定する立場ではない)
この手法は低予算で手軽に恐怖を作り出せる素晴らしい手法である。だが大量の低予算映画がそのメリットに飛びつき、低品質な作品も溢れた結果、POVはつまらないと思われるようになってしまったのだ。
また演出的にも「単調になりやすい」「映画のテンポが悪くなりやすい」など構造的に飽きられやすい弱点もある。
そのあたりの弱点をこの映画は軽々と突き破ってきた。
「配信者」「記録映像」「監視カメラ」「車載カメラ」「動画データ」など様々なカメラシチュエーションを無理なく駆使し、POVにありがちな単調さを回避している。
また時系列を意図的に入れ替え、また「信じられない数の恐怖演出」を各シチュエーションにギッチギチに詰め込むことでテンポの悪さも回避している。
POVといえば「酔いやすい」という極悪のデメリットもあるのだが、この監督はそんなこともお見通しで「配信カメラ自体を固定する」という手法を多用することでその問題すら解決している。(多少酔うシーンはあるが)
近代POVの名作「コンジアム」とともに語り継がれるPOV作品となったといえよう。
美術について
カメラが右を向いても左を向いても呪詛の世界が広がっている。
某ネズミーランドの待ち列のごとく、映画に登場する美術舞台の作り込みは凄まじい。初見ながらエクスタシーすら感じさせてくれる。
仏像や天井画、仏具、供え物、シンボルのデザイン、祈り手の形はもちろん、わずか数フレームの小道具にまで、一切の妥協がない。
おかげで、この世界に入り込んだかのような錯覚を堪能できる。
この映画小道具や美術を使った展覧会(理想はお化け屋敷)を開催してほしいぐらいだ。通い詰める自信がある。
ホラーに自信ニキはその視点でもぜひこの映画を楽しんでほしい。
元になった事件について
最悪すぎる!と思ったのだが、この映画にはモチーフになった事件がある。
2005年に台湾で起きた集団憑依事件だ。
調べると、これはこれでおぞましすぎて読めたものではない。
シチュエーションはかなり違うので、もちろん映画そのままではないが「元ネタの事件があるのかよ」と思えるだけで、この映画の凶悪度はさらに牙を剥く。https://web.archive.org/web/20220401013758/https://news.ltn.com.tw/news/society/paper/12696
言いたいことはだいたい言えた気もするし、
全然足りない気もする。その上で何も伝わってない気がすごくする。
仮に伝わったとしても観てくれる気がしない。観て。
この映画は突っ込みどころがたくさんあるので、複数人で観ても盛り上がること間違いなしだろう。Chromeの機能拡張でNetflixを同時視聴する方法もある。「Replayて何やねん!」誰もが言いたいはずだ。
一方で、一人で深夜に、部屋の電気を消して観るのもかなりオススメである。没入感が重要な映画なので「誰にも邪魔されない」というメリットを最大限に享受できる。
私はこの方法で観たので、その後お風呂に入ることができなかった。
まぁ方法はどうあれ、眠れぬ夜をぜひ楽しんでほしい。
ただし「夏だし、気軽になんかホラー映画でも観るか」といった軽い気持ちで選んではいけない作品であることは間違いないのでご注意を。