好きになるきっかけって自由だよね
本当に好きなのか
私はサッカーが好きです。
部活はもちろん、サッカーの仕事をしていたくらいには好きです。
なのにサッカー好きの方と話すと、たまに温度差を感じて寂しくなることがあります。むしろそっちのパターンのが多いかな。
どうしてもサポーターとしての熱量だったり、休みの日には欠かさずプレーするだったり、深さの話になりがちなんですよね。
でも私はなんというか、サッカーというカルチャー全体が好きで、サッカーという概念が好きなんです。
そこに優劣はあるのでしょうか。
脇道から入る
そもそも小さい頃はサッカーに興味がなく、貴重な日韓ワールドカップのタイミングもふーんくらいに流してきました。みんながボールを蹴っている時間にひたすらゲームをやっていた少年時代だったなあと。
そんな私に「WCCF」との出会いが訪れます。
WCCFについてはこちら↓(すでにサービス終了しているアーケードゲームです…)
選手のカードを使って遊ぶゲームですが、当時のスター選手のカードとの出会いは衝撃的でした。
トッティ、ヴィエリ、ネドヴェド、シェフチェンコなどのカードを見た時の感動は忘れられません。
(セリエAの選手が多いのは、WCCFがセリエAを対象にしたゲームだったからです。)
そこからは生活が一変します。
それでも
小遣いをWCCFに注ぎ込み、友人の家でスカパーに齧りつき、ウイイレをひたすらプレイする日々。未経験なのにサッカー部に入る始末。ユニフォームやスパイクのかっこよさに目覚め、部屋中が選手のポスターだらけ。
それがきっかけでサッカーが好きになったにも関わらず、そこからはずっとサッカーが好きです。
冒頭にも書いた通り、サッカーを仕事にしたこともあります。
それなのに、なぜか熱心なサッカー好きの方とは温度差があるように感じるのです。そこに優劣はないはずなのに。
これは個人の特性なのか、もしくは王道パターンで好きになった方への憧れ、引け目なのか、
私にはわかりません。
でも私はサッカーが好きになったきっかけを強烈に覚えているし、大事な瞬間だったと信じています。
あの日の自分を信じて、好きの形やきっかけはなんでもいいと、
そう胸を張って言えるように、これからも浅く広くサッカーを好きでいようと思った夏です。