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とある場所の思い出

あの頃の私は一体何を探していたのだろう。
嘘の笑顔で仕事をし、家に帰って化粧して、いつもと全く違う雰囲気の服で出掛けていく。
初めて店の前に立った時、よく一人で来たねとママに言われた。
お洒落しても抜け切らない地味さと、学生に見られる事も多い髪型から、そこにそぐわない人間に思われたのだろう。

店には様々な人がいた。
スポーツの大会帰りだと言葉少なに話す女性は、知らない人に乱暴に犯されたくて堪らなくなる事があり、そういう時に利用するんだと語っていた。ショートカットでスレンダーな彼女の凛と伸びた背筋からは、その嗜好を想起させる要素はひとつもない。追加のお酒をオーダーしにいく彼女の背を見つめながら、私は手元のグラスを揺らしていた。

会うと必ずハグをせがまれる可愛らしい女性がいた。笑顔いっぱいの彼女の身体は柔らかく、背中に手を回すといつも寂しい気持ちになった。彼女はほぼ毎日ここへ来ていて、大抵は誰かと触れ合ってから帰るのだと聞いた。
「みんなでバーベキューに行ったこともあるんだよ」
ある時彼女は私にぴったりと半身を寄せながら目を輝かせた。
「え、それって大丈夫なの?」
連絡先の交換や、外で会う事は禁止されていた。
「うんうん。ママとトモさんも一緒だったの。みんな朝までここにいるでしょ。その後そのまま行ったの」
ママもトモさんも従業員で、いつもカウンターでお酒を作ってくれる。
楽しそうに笑う彼女のボリューミーな睫毛がパサパサと揺れていた。彼女は素敵だ、と私は思った。可愛くていつも明るい。手首に私と同じ傷があっても、私とは違う愛くるしさが彼女の全身を包んでいた。
いつか行こう、と言ってくれた彼女の言葉に頷きながら、きっとそのいつかは来ないんだろうな、と私はぽつりと胸の奥で呟いて、自分の思いに鍵をかけた。

ラブホテルにあるようなコスプレが元々好きだった。店の備品であるそれらを着るだけで持て囃され、視線が集まった。着てみなよ、と押しつけられるそれに恥じらうフリをしながら、内心着てみたくて堪らなかった。隠していた自分の本当の趣味をさらけ出す事で人から求められる経験は初めてで、やっと息ができる場所を見つけたと私は感じていた。

Mなんですよ、と話し出す。
私は大抵一杯目からウイスキーをロックで煽っている。強いお酒じゃないと酔えないのと、そんなもの飲んでるの、と驚かれてそこから話が広がるからだ。

Mなんですよ、というと、大抵の人は興味津々で、AVや漫画で読んだ知識から話題を広げてくれた。もっともっと、血まみれになる程の扱いを受け、物として廃棄されるのを望んでいるとはあまり言わず、私はにこにこと頷いていた。

その後、鞭や縄を知り、私は自分の望みの渦の中に巻き込まれていった。その道の途中を今も彷徨っている。
あの頃出会った人達は、どこかで元気に笑えているだろうか。そうだといいなと思い出す度に思う。
まだ何も知らなかった頃の自分ととある場所。自分にとってのその意味を、今もたまに、取り留めもなく考えている。