与えられたものだけを飲み込む鯉みたいだね
KOTORIがライブの定番曲「素晴らしい世界」で叫ぶように、
いいこと(家がきまった)もあればわるいこと(仕事がない)もある。
夏の一人暮らしスタート計画、と以前noteに書いたのだけれど、ついに物件がきまった。一人暮らしをするという長年の夢が叶うことはとても嬉しくて、どんな部屋にしようか、と毎日妄想がとまらず頭がいそがしい、
その一方で、仕事ではこれっぽちの充実感も得られない今週だった。
yonige「リボルバー」の「与えられたものだけを飲み込む鯉みたいだね」というフレーズが見事に突き刺さる。席に着いて画面と対峙する形だけの時間は考えれば考えるほどくだらなくて、こんな日々はくたばってしまえなんて、言葉がわるいけど本気でおもう。
むかむかと歩く新宿通り、灰色ロジックの「ジュース」がすきだなあとかおもいながら、
このところ頭と心はどうにもちぐはぐしていて
今日も計画していたことはぜんぶすっ飛んで、足はまっすぐに家に向かっていた。
誰にもぶつけようのないもどかしさに言葉は出てこなくて涙ばっかりが出そうで、話を聞いてくれた親友よありがとう。
江國香織の『こうばしい日々』を再読してるのだけど、東京タワーに次いで好きかもしれない。甘くて苦くて、熱くて冷たくて、もう二度と味わえないかもしれない気持ちがつまってる。
なんだかとても、あっちこっちに話が飛んだ文章になった、心模様とおんなじである。頭の中もごちゃごちゃで言葉の選びようもない。眠たい。
さ、梅雨もいざ終わるとなるとちょっぴり寂しいもので、長年住んだ横浜市から離れるのもちょっぴり寂しいですね。