僕の実家 #1200文字のスペースオペラ
新東名高速上り線。32kmの渋滞にハマっている。王蟲の群れのようなブレーキランプ。だから正月休みの帰省は嫌なんだ。
そもそも実家に帰ること自体が落ち着かない。家を出てからの独身時代は一度も実家に寄らなかった。同郷の恋人ができて結婚の挨拶をしにそれぞれの実家に顔を見せたが、その後しばらくはまた帰郷せず。
だが子どもが生まれてからは親孝行と思って、長期休みには意識的に両実家に行くことにしている。
でもさ。
僕の両親は極度のテレビっ子。子どもが騒いでテレビの音声がかき消えようものならすぐにイライラし始める。そうでなくてもルーティンが崩されるのを嫌う人たちだ。孫の顔が見られて嬉しいなんて一言も言わず、ことあるごとに「あー疲れた」とぼやく。
例年子どものことで迷惑をかけないように妻と僕とで努力していたけれど、今回はもういいやって自然に任せていたら両親ってばテキメンに不機嫌になった。
妻の両親は真逆で家族の団欒をとても大事にする人たちだ。過剰に大事にする、と言ってもいい。おはようからおやすみまで休むことなく話し続け、会話が途切れて僕がスマホに目をやるやいなや、慌てて話題を繋ごうと必死で話しかけてくる。
子どものことは可愛がってくれるし僕にも良くしてくれるから嬉しいけど、ちょっと自分の時間も欲しかったりする。贅沢かな。
妻とふたり、のんびりコタツで読書やボードゲームをする正月休みが恋しい。
ようやく渋滞を抜けた。SAに入るのにも長蛇の列だ。後部座席から子どもの声がする。
「パパー!トイレ行きたい!」
どうしよう。
突然こんこんと運転席の窓ガラスをノックする音がした。
小ぎれいな淑女が首を傾げて微笑みかけている。
窓を少し開けると彼女は言った。
「トイレ。お貸しいたしましょうか。」
え、絶対変な人じゃん。
間髪入れずに子どもが言う。
「トイレ!行きたい!」
彼女は歯を見せて笑うとパチリと指を鳴らした。
妻と僕、淑女とその夫とでカタンをする。
僕らの子どもは彼女の子どもと並んで窓にぺったり顔をつけ外を眺めている。
土星の環が氷や岩でできているって本当なんだな。
「私たちは太陽系を旅行中なのです。ただ長い間、家族だけで宇宙を漂っているとですね、他の誰かとお話をしたくなる。そこでときどき知的生命体を私たちの船にお招きしているのです。地球人のあなたがたに会えて、とても嬉しい。」
彼女たちは非常に気持ちの良い人たちだ。他人との距離感が絶妙で、踏み込み過ぎず放置し過ぎない。異文化交流を極めた人というのを見せてもらった気がする。半日一緒に過ごしただけだが僕は心から安らいでしまった。
「明後日から仕事始めですよね。残念ですがお別れの時間のようです。地球のご自宅までお送りします。」
僕の言葉が口をついて出る。
「あの、あの。次の長期休暇も遊びに行かせていただいてもいいですか。よければ1週間ぐらい。」
彼女は歯を見せて笑うとパチリと指を鳴らした。
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こちらは城戸圭一郎さん主催の「1200文字のスペースオペラ」応募作品です。