同級生。医者夫婦。なぜ夫は、妻に時短勤務をすすめたのか。
こんにちは。女医ワーママのあおです。
先日、公開したこちらの記事。
公開後、さまざまな共感やご意見、疑問などをいただきました。反響の大きさに驚くと同時に、とてもありがたく思っております。
記事で引用した『普通の門』と『ピンクの門』の例え話。
これは、ちきりんさんのブログからお借りしたものです。
『普通の門とピンクの門』 - Chikirinのブログ
そしてふと、気が付いたのです。
もっと身近に『普通の門』を歩いていて、そのことが当然と思っている男性がいることに。
—— そう、私の夫でした。
夫のオススメは、時短勤務だった。
産後、なぜか夫は、私に時短勤務をすすめていました。
「無理しなくていいよ」「そんなに働くてもいいよ」と。
真剣な顔をして、あなたのことがとても心配です、という表情で言うのですが、私はこれがとても不思議でした。
というのも、私にとって時短勤務は『茨の道』だったからです。
時短で勤務時間が限られ、担当する症例も制限される。
なのに”時短だから”と家事育児はすべて私が担当。保育園の送迎や呼び出し対応、病院受診もすべて私。子どものことでお休みするのも私。ただでさえ短い勤務時間が、子ども関連のことでさらに削られ、仕事のスキルアップが難しくなる。
それとは反対に、時短勤務ではない夫は思う存分仕事をする。
平日は好きなだけ残業し、仕事終わりは「疲れた〜」と思いながら一人、外食して帰ってくる。土日も「休めないから」と出勤し、何時に帰ってくるかもわからない。当然、その間、私はワンオペで子どもを見ている。
これのどこが、「無理しなくていい」なのか。
仕事は満足にできず、家事育児はぶん投げられ、自分の時間は少ない。
私の職場では、フルタイム勤務でも週3と週5+αでは、給与は5倍以上違います。
時短勤務といえども、出勤は早い時で朝7時半。退勤は17時。他の医師と責任や担当症例の重さは同じ。なのに給与は10万円代です。
決して時短勤務を否定しているわけではありません。
ただ私にとって、時短勤務は魅力がありませんでした。
考えれば考えるほど、デメリットや私に不利なことばかり。
にもかかわらず、夫はさも「大切な妻を思って」真面目に時短を勧めてくる。
正直、理解できませんでした。
暗黒期noteでボロクソに書いていますが、夫はいい人です。
理性的で、誠実ですし、医師としても尊敬しています。
にもかかわらず。
その夫が、私にあえて辛い道を歩ませようとしている。
なぜだ。なぜなのだ。
夫から時短をすすめられるたびに、そして育児は当然妻がする、というニュアンスが滲むたびに、私は本気で「この人、私のキャリアを潰しにきているのかな」と思いました。
『ピンクの門』が良さそうに見えていた夫。
時短だと、家事育児を全部ぶん投げられる——。
そう危機感を抱いた私は、ぶん投げられそうになったものを、ぶん投げ返すべく、フルタイム復帰をすることにしました。
幸い、職場の配慮があったことと、なにより夫の協力により、今ではフルタイムで勤務しています。(現状を見ると、夫は同世代の中でもかなり育児をする方だと思います。ですがそれでも、つい最近まで夫に対する負の感情が大きかったので、暗黒期だなぁ、と思います)
これほど協力してくれる夫なのに、なぜ数ヶ月前まで、あれほど私に時短勤務を勧めたのか。ずっと、そう疑問に思っていました。
ですが先日、『普通の門』と『ピンクの門』を知って、ようやく理解できました。
夫は『普通の門』の人でした。
そしておそらく、出産した女医は『ピンクの門』を進むものだ、と思っていました。
『ピンクの門』は舗装されていて、綺麗で、とても歩きやすい。先を歩いている女医さんはたくさんいる。出産して『普通の門』を歩くなんて大変。他の人が歩いているように、妻には『ピンクの門』を歩いてもらおう、と。
身近で時短勤務の過酷さを見ていた私は、『ピンクの門』を『茨の道』だと思っていました。
一方で夫は、『ピンクの門』を『とても素敵な歩きやすそうな道』だと理解していたのです。
反発できたのは、私が自信過剰だったから
「なんで私がピンクの門やねん!!!!」
時短勤務をすすめられた私は、夫に反発しました。
それは違う。私がそっちに行くのはおかしい。私だけが満足に仕事できないのはおかしい、と。
なぜ夫に反発できたか。
それは私に、「夫と同じ道を歩いてきた」という自負があったからだと思います。
私と夫は同級生です。
同じ年に入学し、同じ教室で学び、同じ試験を受けて進級し、同じ国家試験を経て同じ年に医師になりました。
学生時代、私は夫よりもよい成績を修めていました。
初期研修では、夫がほぼ無試験で母校の附属病院に就職したのに対し、私はそれなりの有名病院を受験し、そこに就職しました。
諸先輩方から見れば、学生時代の成績やブランド病院での勤務は、その後の医者人生には大した影響のない、些細なことかもしれません。ですが私にとっては「自分が頑張ってきた瞬間」であり、それが、夫と過ごした時間の中にありました。
なにより大きかったのは、専門医試験でした。
私と夫は、同じ年に専門医試験を受験しました。
結果、私は合格。夫は不合格。
ストレートに専門医をとった私がなぜ仕事を制限されて
どうして不合格だった夫の方が、自由気ままに仕事ができるのか。
私は心のどこかで「自分は夫と同等」「自分は夫に負けないくらい頑張っている」と思っていたのだと思います。
それは自惚れや、あるいは過剰な自信だったのかもしれません。
夫はいい医師ですし、どんな状況でも逃げ出さない忍耐強さや、患者さんに対する誠実さも尊敬しています。
でもそれとは別で、「自分は夫に負けていない」という強固なプライドを、私は密かに持っていました。
もしも夫が圧倒的に優れていたら。
ですが思うのです。
もしも夫が、私より圧倒的に優れていたとしたら。
主席だったり、表彰されるような医師だったり、あるいは年上で、すでに何人もの部下を率いていたとしたら。
私は夫より頑張っている、と信じることができただろうか、と。
最初の頃に普通の門を選んだ女の子は大変です。
男の子と同じ成績ではみんな納得しないから。
そういう子には大きな注目が集まり、実質的には常に“男性以上”が求められます。
(中略)
「・・・男子は普通の子でもそっちに行けるじゃん!? なんで女性だけ??」とも思います。
——『普通の門とピンクの門』Chikirinのブログより
まさにこの通りでした。
女である私は、男である夫よりも「優れている」と思えなければ、『普通の門』は目指せませんでした。
むしろ「優れた夫の邪魔をしてはならない」と、違和感を覚えながらも反発することができず、『ピンクの門』を歩いたことでしょう。
「私はこうありたい」を夫に伝え続ける大切さ
夫が私に時短勤務をすすめたのは、純粋な善意でした。
だからこそ彼は真剣でしたし、私はその意図がまったく理解できませんでした。
ですが幸いなことに、夫は「私がこうしたいと思っている」という意見に耳を傾けてくれました。
私はちゃんと働きたい。まだ医師という仕事を続けたいし、学びたい。
時短勤務だと内容や責任は同じでも、給与は保育園代に消えてしまう。
私が仕事に専念できる日は一日もないのに、あなたは当たり前のように毎日ある。なぜ私だけがこんなに我慢しないといけないのか。
あなたの育児参加がなければ、あなたは100、私は30しか働けない。
でも協力をしてくれたなら、あなたは90でも、私は65くらい働ける。
だから一緒に仕事と家事と育児をする生活を考えて欲しい。
そんなことを、何度か伝えたと思います。
その結果、私は今、フルタイムで働いています。
平日朝8時前から17時過ぎまで。症例に制限はありません。月に一回、休日勤務もあります。
夫は毎日、保育園に息子を送ってくれます。
週に一日は定時退勤をし、息子を保育園に迎えに行き、ご飯を食べさせ、寝かしつけまでしてくれます。
私は夫に、『自分には進みたい道がある』ということを繰り返し伝えました。
目指したいのは『ピンクの門』ではない。それだけが私の幸せではないのだと。
何度も説明して、交渉して、譲歩して。夫は理解してくれました。
たから今、私は自分の希望する仕事ができています。
とても身近な人であっても、案外、「見えている景色」は違うものです。
そしてそれは時として、絶望したくなるほど「違う」ときもあります。
でも話し合うことで、その溝を埋めることはできるのだと、私は信じたい。
違う価値観を持っていても、互いに歩み寄ることによって「景色」を共有し、互いの人生に敬意を示すことができるのだと、私は信じたいです。
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