緊急避妊薬がほしかった、24歳の春。
にわかに緊急避妊薬が話題となっている。
緊急避妊薬とは、避妊に失敗した時や性被害にあった時に服用する、避妊のための薬剤だ。アフターピルとも、緊急避妊ピルとも呼ばれている。72時間以内に内服することで、約80%の確率で妊娠を防ぐことができる。
緊急避妊が必要な場面というのは、ある日、突然やってくる。それは誰が悪いとか何が悪いとかでなくて、本当に事故のように訪れる。
だからこそ、緊急避妊薬を知っていること、必要な時に手に入れられることがとても重要なのだと私は思う。
そんな私も、今からおよそ10年前、緊急避妊薬を必要とした瞬間があった。今日はそのことについて書こうと思う。
旅行先で、コンドームが外れた。
それは大学卒業を間近に控えた、医学部6年生の春休みだった。
学生生活最後の春休み。私は、当時交際していた男性と海外旅行に行った。
その旅先で何度か性交渉を持ち、その時初めて、コンドームが外れた。
私たちが「避妊」と呼んでいたのは、コンドームの装着だった。
コンドームはおよそ5〜15%の確率で避妊に失敗する。失敗率が高いため、コンドームは避妊のためではなく、性感染症予防に使うためのものだ。
避妊はピル。
性感染症予防はコンドーム。
それが実は、世界のゴールドスタンダードなのだということを、当時医学生だった私は知っていた。
とはいえ、当時、私の生活費は1ヶ月で4万5千円。それで食費・光熱費・書籍代をまかない、さらには病院見学の費用やら旅行代やらを支払っていたので、生活はそれなりにカツカツだった。だからピルを定期的に内服するだけの経済的余裕がなかった。
もちろん、子供ができたとしても、産み育てるだけの経済的基盤もなかった。
完全ではないと知りながらも、セックスのときはコンドームをつける。
それが私たちの「避妊」だった。
そのコンドームが、外れた。
挿入が終わったあと、まだ男性器についているはずのコンドームがぽとりと落ちた時、私とパートナーは避妊の失敗を悟った。
あ、と思って私は浴室に駆け込んだ。
精液 1 mlに含まれる精子の数は、2600万個。受精に必要なのは、たった1個。
洗い流したところで、2600万の精子を体から出し切ることは不可能なのだが、それでも私は、少女漫画でレイプされた女の子たちがそうしたように、静液がまだ残っているであろう場所を洗った。
しばらくして、私は服を着て、部屋に戻った。
パートナーはベッドの上で土下座をしていた。
せめてパンツは履いてくれと思った。
二人してベッドの上で正座をして、これからどうするかを話し合った。
コンドームが外れた。妊娠の可能性がある。
帰国は明日。日本に着くのは明後日。
緊急避妊薬のタイムリミットである72時間には、ギリギリ間に合う。
帰国したら、婦人科に行って緊急避妊薬を処方してもらうこと。
それでも効果は100%ではないから、妊娠の可能性があること。
妊娠した場合は、それからどうするかを改めて話し合う必要があること。
そんなことを伝えた気がする。
さらに言うならば、口には出さなかったけれど
中絶するとなると、搔爬術という個人的にはかなり懲罰的な(そして海外では薬物による中絶がメジャーであって搔爬術はされていない。なお、日本では薬物による中絶はまだ認可されていない)方法で行われること、中絶後には不妊や流産・早産のリスクがあること、中絶せずに出産をするとなれば、特別養子縁組を利用するかもしれないこと、などを考えていた。
あと、私とパートナーはともに医学部の同級生で、パートナーは大学の附属病院に就職することが決まっていた。私たちの交際は学年全員が知っていて、だから私が妊娠したとなれば、当然、相手が誰かも一目瞭然だった。
そんな状況では、「俺の子じゃないから」とシラを切り通すことはできないだろうから、何があってもパートナーは逃げないだろうという謎の安心感があった。
翌朝、ホテルのwifiを利用して、私はiPadで自宅近くの産婦人科を調べた。幸い、電車で1駅のところの産婦人科で緊急避妊薬を処方してくれそうだということを知った。
保険証なし。一万円札を握り締めて、産婦人科を受診した。
今でこそ保険証は一人一枚に与えられているが、当時は一世帯に一枚だった。
下宿をしていた私は、自分の保険証を持っていなかった。
受診が必要な時は、いつも電車で2時間程度かかる実家に戻り、保険証を借りて、受診をするという流れだった。一度「すぐに病院にかかれるように保険証のコピーがほしい」と言ったものの「家に取りに帰ってくればいいじゃない」と母に軽くいなされてしまって、そのままだった。
この時、私には実家に戻る選択肢はなかった。
受診理由を言えば、とても面倒なことになるのは目に見えていた。
なにより、実家と往復している間に、タイムリミットの72時間が過ぎてしまう。
不幸中の幸い、ではないけれど。
緊急避妊薬は保険適応ではない、ということを私は知っていた。全額自己負担ならば、保険証は必ずしも必要ない、はず。
ちなみに、緊急避妊薬の薬価は当時1万円。
1ヶ月の生活費が4万5千円の学生にとって、1万円は大金だった。
でも、背に腹は変えられない。
1日300円ずつ切り詰めれば、1ヶ月で1万円を節約できる。
そんなことを考えながら、私は産婦人科に向かった。
もっと安くて、手軽に買えたらいいのにな、などと考えていた。
産婦人科デビューは、妊娠ではなく緊急避妊のためだった。
初めて行く産婦人科だった。
平日の夜で、仕事帰りと思われる女性たちが多かった。
お腹の大きな妊婦さんや、小さなお子さんを連れている方もいて、ああ、この人たちは出産されるんだな、と思ったりもした。
受付で「緊急避妊薬を希望します。保険証はありません」と伝えた。
事務のお姉さんは特に驚く様子もなく「ではこちらの問診票を書いて、尿検査をしてお待ちください」と言ってくれた。
問診票を記入して、採尿をするためにトイレに行った。
そしてこの時、私は自分の下着に血がついていることに気付いた。
自分の性器出血を見ながら「あ、生理だ」と思った。
同時に「生理じゃなくて、着床出血かもしれない」とも思った。
性器出血がすべて月経、というわけではない。
月経だと思っても違う原因で出血しているかもしれない。だから月経だと患者さんが言っても、いつもと同じ出血なのかを確認することが必要、と産婦人科の授業で教わった。
それでよくよく、その出血を観察してみたけれど。
量や出方や性状を見ると、どうも、いつもの月経っぽい感じがした。
周期的にもそろそろ始まる頃だった、ということを思い出した。
採尿して、尿検査を提出して、私はトイレから出た。
しばらくすると、診察室に呼ばれた。
診察してくれたのは中年の女性の先生で、問診票を確認して「避妊薬が必要なんですね」と言った。私は「そうです」と頷いた後に「月経のような出血が、今、ありました」と付け加えた。
そこからのことは、正直、あまりよく覚えていない。
ただ、診察してくれた先生が追加で質問をして、私の月経周期と避妊に失敗したタイミングを確認して、最終的には「それは月経だから、避妊薬は必要ないわ」と言ってくれたのを覚えている。
「検査するとお金がかかるから、今日はもう帰りなさい」と言って、お会計をすることなくその日の診察は終わりになった。結局、握り締めた1万円札は使わずに、電車賃だけの出費ですんだ。
セックスはとてもリスクのある行為だと、ようやく気付いた。
帰宅して、私はパートナーに事の顛末を伝えた。
月経が始まったこと、妊娠の可能性はないこと、緊急避妊薬は処方されなかったこと、など。
この時ようやく、セックスはとてもリスキーな行為なのだと気付いた。
避妊の失敗、妊娠の可能性。
そんなものは、ある日突然、晴天の霹靂のように降りかかってくる。
それは日頃の行いとか、信仰心とか、そんなものとは一切関係なく、ランダムに、ある一定の確率で起こりうるものなのだ。
そんなアクシデントに対して、私は身を守る手段をほとんど持っていない。
緊急避妊薬にすら、容易にアクセスできない。
それでもセックスをするなんて、なんてリスクの高い行為なのだろうと。
幸い、私は緊急避妊薬という存在を知っていた。
「コンドームをつけない方が気持ちいい」とか「愛情があればゴムはいらない」とか「外に出せば妊娠しない」とか「掻き出して洗えば大丈夫」とか、そんな少女漫画やエロ本やエロビデオで繰り返される台詞が嘘だと言うことも知っていた。
だけど。
それを知らない人たちはたくさんいるわけで。
それを伝えない大人たちもいるわけで。
そして知っていたとしても、経済的に手が届かない人もいるわけで。
セックスって、とても不平等だな、と思った。
あれから10年。緊急避妊薬は、まだ遠い。
それからおよそ10年経った。
緊急避妊薬は、今もとても高価で、手が届きにくい。
私は性教育の専門家ではないし、産婦人科医でもない。
だから「緊急避妊薬の適正使用」なんてものは、まるでわからない。
それでも、「避妊の失敗」や「切迫した避妊」というものがこの世には確かに存在して、それは誰の身にも突然起こりうるものであって、女性には「望まない妊娠」から身を守る権利もあって、そのために緊急避妊薬は必要なのだと思う。
だからもっと安く、もっと手軽に買えるようになれば。
24歳の私は、違う気持ちで『避妊の失敗』に向き合えたのかもしれない。
すべての女性が、自分の体を守れるように。
緊急避妊薬をもっと安価に。そして、もっと身近に。