写真にならなかった時間
先日、実家へ帰省した。
半年に1回は帰省をして家族との時間を短くても過ごすようにしている。
お昼に北海道の家を出て、夕方には千葉に住む家族に会えるのだから本当に便利になったと思うと同時に日本は案外狭いなとも思う。1時間半もあれば東京へ行けてしまう。
お金にさえ目を瞑れば、意外にすぐ帰れてしまうものだ。
僕の場合は家族と離れたことで、より心的な距離が縮まったように思う。
東京で一人暮らしをしていたときは何年も帰らないなんてことは普通だった。
しかし今は距離が離れたことで、ちゃんと帰ろう。ちゃんと元気な姿を見せようと思うようになったのだ。
僕が帰りたいと思うもう一つの大きな理由が甥っ子である悠史(ひさし)の存在だ。
悠史は今年で小学校2年生。ちょっと前までチビだった悠史もあっという間に大きくなった。
子供の1年という時間の大きさに改めて驚きながらも、悠史という存在がいることで自分もまた1年を大切に過ごそうと思えるのである。
僕たちも1年あれば十分に変われるし、十分に成長できると悠史を見ていていつも思う。
毎回のように「重くなったよ!」と満面の笑みで抱っこを要求してくる悠史に、僕はいつも癒されている。
今回、たった2日間だったけれど家族で伊豆へ旅行に行った。
悠史はもうずっとはしゃいでいて、初めて入った海の水に戸惑いながらも
「しょっぱいねー!!」と笑いながら日が暮れるまで遊んだ。
伊豆から帰り、クタクタになって帰ってきたかと思うと
「河川敷でサッカーやろうぜ!」と言い出す。
さっき買ってあげたポケモンカードでレアカードが出たことにも喜んでいて、カードを見せにきたり、かと思えばスマブラで勝負をしろと言い出したり、僕にパンチをしてきて追いかけっこを始めたりする。
とにかく嬉しいことだらけでどれも全部味わいたいといった具合で会話も飛び飛びだった。
日が傾いてきたのがわかった頃、思い出したように河川敷に行くぞ!と一人号令をかけて自転車で走り出した。
いつの間にか補助輪もなしで会話しながら自転車を操縦する悠史に
「お前もう自転車乗れるの!すごいねぇ」と言うと自慢げに顔を上げて
「もうこのくらい乗れるよ」とスピードを上げて走り出す。
河川敷に着くと、いきなり僕はゴールキーパーをやらされた。
悠史の蹴るボールは力強く、僕は驚いた。
「悠史はサッカーが得意なんだね。すごいな」
「蹴るだけじゃないよ。リフティングもできるんだ」
そう言って今度はリフティングを始めた。
リフティングと言ってもボールを1回蹴って地面にワンバウンドしたボールを再度蹴り上げて、それを繰り返すといった感じだった。
1回、2回、3回、あーっ!!!と5回行けば良い方らしく、何回も蹴り直す。
「悠史、上に蹴るんだぞ。前に蹴ったってダメだ」
そう言うと少しムッとした表情で再びボールを蹴り始めた。
6月の関東にしては肌寒く、運動してようやくちょうどいいくらいの気温だった。
曇り空の下、昔と何も変わらない河川敷で甥っ子とサッカーをしている。
ここはかつて僕が少年野球で使っていたグランウンドでもあった。
こんなに狭かったかと思いながらも、目の前の甥っ子にはきっと広大な景色に見えているに違いないと思い、そのことは言わなかった。
そのうち僕はまたゴールキーパーをやらされた。
PK戦で勝負をしようと言う。
僕はゴールから30mくらい離れたところからボールを蹴った。
強く蹴ると危ないと思い、わざとゴロにして蹴った。
悠史は余裕で止めて
「とんくん、よわ!!!」と満足そうな顔で交代した。
悠史の番になると、なぜか悠史は僕から5mくらいのところにボールを置いた。
おいおいまさかそのまま蹴るつもりじゃあるまいなと思いながらも、悠史は蹴る気満々で下がっていく。
思い切り蹴られたボールは勢いよくゴールの端へと入っていった。
「ゴール!!!!とんくん、止めないとダメだよ」
そんなこと言ったって5mでどうやって止めんだよと思いながらも、僕は
「悠史はサッカー強いんだねえ!」と言った。
子供の頃、同じように負けてくれていた大人たちはこんな気持ちだったのだろうかと思った。しかし、
「とんくんは、弱すぎるよ」
その言葉を言われた瞬間、僕のスイッチが入ってしまった。
30m離れたところから、僕の蹴る番になって、ムキになって強めに蹴った。
ドンっ!!と悠史の腕にボールが当たり、弾かれてゴールに入った
「いえーい!!!!!!!俺の勝ちいいいいいいい!!!!!」
思わずそう言っていた。
すると悠史は「いてええ!!!くそー!!!!」と悔しがり、今度はさらに近くから蹴ってきた。
気づけば僕も本気でボールを止めにいき、顔面にボールをもらったりした。
そのうちお互い疲れて、最後にリフティング勝負をしようと言うことになった。
少しずつ暗くなってきていて、もう時間もないと思った僕は
「悠史、2人で10回リフティングを目指さないか」と言った。
お互いに交代でパスをしながら合計10回できたら帰れるというルールを作った。
悠史は2、3回ボールを蹴ると僕の方にパスをしてくれた
「とんくん!頼んだ!!」
「任せろ!!!」
そう言って僕も2回くらい蹴ってから悠史にパスをした。
とは言ってもなかなか10回は難しく途中でどちらかがミスをしてしまいボールはあらぬ方向へ飛んでいってしまう。
「ミスったごめん!!!」
「あー!!ごめん!!!」
僕らはそうやってお互い謝りながらも何回もチャレンジを続けていた。
気づけばお互い真剣になり、汗だくになりながら一生懸命にボールを蹴り続けた。
そのうち姉から電話がかかってきた。
「明日も学校だからもう帰ってきな」
時計を見ると19時になろうとしていた。
「悠史、ママがもう帰ってきなって言ってるからあと5分で10回できなかったら帰ろう」
「わかった!あと5分で成功させよう!俺らならできるよ!!!」
悠史は何かのモードに入っているようだった。
僕にもわかる、一人ヒーローになったかのようなモードだ。
子供の頃、何度その自分に酔いしれただろう。
自分がヒーローになったつもりで俺らならできる!世界を救える!と言った具合にまで妄想は膨らんでしまうのだ。
悠史の鼻息も荒く、今にも白い蒸気が鼻からフンッと見えそうなくらい興奮していた。
「よし、悠史!絶対決めてやろうぜ!」
そう言って僕たちは残り5分に世界の全てを賭けた。
「1回、2回、3回、4回、あーっごめん!!!!」
いくら気合いが入ったからといって急に上手くなるわけもなく、僕らは6回が最高記録のままだった。
残り2分。
「悠史、行くぞ!もう時間ないぞ!!」
「大丈夫!まだいける!!」
1回、2回と蹴って僕にパスが回ってくる。3回、4回と蹴って悠史にパスをする、十分に上に蹴り上がった悠史にも取りやすいボールだ。
5回目を悠史が蹴った。まだボールは生きている。ボールは1回で僕の方へと回ってきた
6回目!最高記録タイだ。そこで僕が悠史にボールを蹴ると少し低かった。
悠史が全力で前に来てボールを浮かせる。7回。そのボールを僕が上にあげた。8回目。そのまま僕が9回目を蹴って最後を悠史に託そうとした。
しかしあろうことか最後の悠史へのパスが大きく逸れてしまった。
左側へしかも低い弾道で蹴ってしまった。9回目。でも悠史がボールに触れさえすれば10回達成だ。
「悠史頼む!!!!!!!!」
僕は思わず叫んでいた。
悠史は全神経をボールに集中し、すごい顔で走っていった。
その昔、姉が徒競走で走るときに鬼のような顔で走り、クラスで名物になっていたことを思い出させる表情だった。
口は曲がり、目を見開き、全身を使って風を漕いで走っていく。
最後に思い切り伸ばした右足はボールに触れてボールは宙へと上がった。
「やったーーーー!!!!!!!!10回できたああああああああ!!!」
僕たちはハイタッチをして、お互いを讃えあった。
「悠史よく間に合ったなー!!!」
「いやとんくんも良く触ってくれたよ!!」
「いやでも悠史が全力で走ってくれたからだよ」
「俺らって最強だね」
気づけば汗だくになり、辺りは暗くなっていた。
急いで僕たちは帰路につき、その間もお互いの勇姿を讃えあった。
時として、本当に大切な時間には写真が撮れないことがある。
その瞬間、僕たちは間違いなく今を生きていて、世界の主人公だった。
僕は眠る前に、悠史と過ごした時間を振り返っていた。
写真になど、撮れなくても良い瞬間はやっぱりあるのだなと思った。
あの時の僕たちの時間は僕たちだけのもので、それを敢えて写真に残す必要もない。あの時僕がカメラを取り出していたら、きっとここまでの時間を彼と過ごすことはできなかっただろう。
写真家として活動していきたいと願う中で、もちろん写真を撮ることに情熱を持ち続けたいし、大切にしたい。
しかし時として、写真以上に大切な時間があることもまた忘れたくないなと思う。
そしてそういう時間を過ごせた結果、写真もまた良くなるのだと信じたい。
7歳の悠史が過ごした時間はあの時にしかなかった。
同時に甥っ子と過ごした35歳の僕の時間もあの時にしかなかったのだ。
その時間の大切さを、その時間の儚さを、その時間の脆さをいつも心のどこかに置いておきたい。
きっとそれは写真を撮ること以上に大切な何かを僕に教えてくれている気がするからだ。
写真など、撮れなくてもいい。
写真になれなかった瞬間もまた、確かに僕の血肉となって、それはきっと別の写真の中にいつか見えない形で繋がっていくだろうと信じている。
11月にまた帰ると約束した。
今度は2人でリフティング20回を目指そうと、そう約束したのだった。
長い文になってしまいました。
誤字などあるかもしれませんが、最後まで読んでくださってありがとうございました。
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