人々に富が行き渡るCyber-physical世界のための四つの原則
一つの見方ではあると思いますが、確かにサイバー(Cyber)世界のなかで完結している事業は今般の新コロナウィルス禍への耐性が高いと考えられます。(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59933220T00C20A6MM8000/)
逆に、観光や飲食のように人と人が接するサービスは勿論のこと、モノを作る仕事や売る仕事、モノ・人を運ぶ仕事、施設・設備を含め人がモノを扱うなどは、人と人とが物理的プロセスに接するプロセスがどこかに絡んでいるため、新コロナウィルス禍による影響が大きいと考えられます。いいかえれば、物理(Physical)世界での活動に主軸をおいた活動は、新コロナウィルス禍に脆弱だということになります。
では、この国の産業の軸足を、ささっと、サイバー世界に移していくことができるのでしょうか?私は、すぐには難しいと思います。いろいろな要因がありますが、特に、「ひろい意味での雇用の問題」を無視することはできません。
いま、この国では、中途半端にデジタル技術が普及しているように思われます。スマホ、SNSは私たちの生活の一部で、生活、仕事のあらゆる場面の情報はデジタル・データ化されてサイバー世界で処理されています。
しかしながら、デジタル・データの処理だけでは完結しない業務が多々あります。例えば、2020年4月〜5月に施行された行動自粛で在宅勤務期間中、殆どの業務はサイバー空間内だけでのデータ処理として行えたのに、どうしても印鑑による押印が必要なことがあって、出勤した、というお話は諸処でききました。
また、新コロナ・ウィルスへの対応措置で、保健所の方々はさぞかし大変でいらしたと想像しますが、公表されている、新型コロナウイルス感染症(疑似症患者を含む) 基本情報・臨床情報調査票 (https://www.jsph.jp/covid/files/cyousahyou.pdf)を見ると唖然とします。その調査票は、元々、紙に記す調査票をPDF化したように思われます。もしかしたら記入は手書きかもしれませんし、仮に、電子データ化されていたとしても、各調査票に書き込まれた情報を、そのままサイバー空間内だけで集計分析することは困難です。この調査票のデータを集計するために、物理世界における、手入力作業や、人手でコピーペーストをする作業など、相当なマンパワーをかけざるを得なかったのではないかと想像されます。
また、保健所の電話が繋がらなかった、という事例が数多く報道されていますが、その一因は、感染疑いのある人・家族から保健所の担当者が情報を電話で一つ一つききとっていく必要性があったためだと思われます。米国政府のCDCがWEB上で提供しているCorona virus Self-checker (https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/index.html)などのように予め基本情報を入力したうえで、保健所が感染の疑いのある人に連絡をするという体制がとれれば、感染疑いのある人・家族にとっても、保健所職員にとっても不幸な、特定部署・担当者への業務集中は避けられたでしょう。
コロナ禍で国民一人一人に10万円を配布するという施策がとられましたが、相当割合の人々は紙媒体の申請で、身分証明や、貯金通帳をコピーし、手書きで申し込みに記入して送付し、受けた役所側も、その情報を入力していく、というように膨大な手間をかけようとしています。もっと、優先してやれねばならないことが、それぞれの国民にとっても、役所にとってもあるはずなのですが、デジタル化技術が普及しているにもかかわらず、このような状況にとどまっていることに嘆息を出さざるを得ません。
中国、韓国、台湾など東アジアの隣人たちが、デジタル化によって、社会の仕組みや、モノ、人の動きを大きく変革しつつあることを考えると、この国の後進性に焦りすら感じます。
ここで、デジタル化に関して概念を整理しておきたいと思います。
Digitization:データ・情報のデジタル化
Digitalization:Digitizationを基盤にしたICT技術による技術革新
Digital Transformation:Digitalizationにより、もしくはDigitalizationがもたらす便益を実現するために、何らかの新しい仕組を創出し、従来のプロセスや組織などを変容させていくこと
Digitization→Digitalization→Digital transformationと進んでいければいいのですが、この国はDigitalizationの段階に足踏みをしていて、多くの分野ではプロセスや組織などの変容が進まず、そのことの弊害が、新コロナ・ウィルス禍のこの時期に、様々な形で露見している、ということなのだと思われます。
さて、冒頭で申し上げた「ひろい意味での雇用の問題」について説明をします。これは、正確にいえば「自分の職、職場を守ろうという気持ちがおこす不作為、もしくは行動」といえます。「新しい仕組が導入されたら、いま自分がやっている仕事がなくなってしまう、居場所がなくなってしまう」、「組織やプロセスを変えるのは、一筋縄ではいかない。いまも、そこそこ、出来ているのだから変えなくていいではないか」などという心理がDigital transformationを押しとどめてしまっている状況が、この国のあちこちにあるのではないでしょうか。Digitalization同士が繋がらず、寸断されて、かえって手間暇や煩雑さが増えてしまっている状況といえるかもしれません。
こうした目に見えない押しとどめが働いている限り、Digital transformationが私たちのもたらしてくれる便益や、生活の潤いや彩りは見えてきません。そのことが、ますます押しとどめを強くするという、悪いスパイラルが働いてしまっています。
では、この目に見えざる押しとどめを解消して行くにはどうしたらよいのか?
私は、それぞれの人にとって、Blue Ocean にみえる、すなわち、自分もそのなかでやっていけるし、発展していけるCyber-physical世界を描き、構想していくことだと思います。
私は、Digital Transformationが実現すべきCyber-physical世界は、次のような4つの原則が実現する世界だと考えています。
原則1 公正な恩恵の享受
原則2 構築・運用への自由な参加・参入
原則3 自覚的選択の保証
原則4 創造に必要なデータ連携の容易性
これらの原則を以下に説明していきます。
原則1 公正な恩恵の享受とは、人々がCyber-Physical世界に両属する恩恵を公正に享受できることをさします。例えばスマートフォンが使いこなせない高齢者など、デジタル技術利用の程度や容易性によって受けられる恩恵に制約があってはなりません。また、データの収集者など、特定者だけが恩恵をうけるあり方も公正とはいえません。人々があまねくCyber-Physical世界がもたらす恩恵が受けられなければなりません。
原則2 構築・運用への自由な参加・参入とは、Cyber-Physical世界の構築・運用に、様々な人々が自由に参加・参入できることをさします。デジタル技術の発展普及が促すイノベーションのひとつの本質は、供給者とユーザーの境目がなくなっていくことです。気に入ったサービスがなければ、ユーザー自身が創り上げていけば良いのです。ユーザーや、意欲と野心にあふれる起業者が、Cyber-Physical世界の構築・運用に自由に参加・参入できれば、その切磋琢磨のなかからサービスは磨き上げれ、人々からみた透明性、信頼性も高まっていくことでしょう。
原則3 自覚的選択の保証とは、人々に、自覚的に、Cyber-Physical世界への参加の度合いを選択ができることをさします。例えば、知らないうちに自分のプライバシーにかかわるようなデータが集められ利用されているということを受け入れることのできない規範・文化を奉じている人々は地球規模でも決して少なくないはずです。また、いいサービスかもしれないが、自らの生活は、もっと静かに簡素にしたいという気持ちから「no thank you」といいたい状況は誰にでも経験しているはずです。現実の物理世界(Physical世界)でも、社会との接点の多い賑やかな生き方をしている人もいれば、隠遁することを好んでおられる人もいます。それぞれのお考えに従ってCyber-Physical世界への接し方が決めることができることは重要です。
原則4 創造に必要なデータ連携の容易性とは、住まい手・使い手にとって必要なサービスを創造したり、複数のサービスを連携させていくために不可欠なデータ連携が容易にできることをさします。たとえ便利でも、単一もしくは寡占された組織にデータが集積集約されて利活用されていくあり方は、原則2や原則3に触れてしまう事態が進展してしまうおそれがあります。こうした立場からみれば、データは直接の当事者が責任をもって分散管理することが好ましいです。しかし、例えば、健康管理をするためのサービスを創造しようとすれば、医療機関やスポーツクラブや家庭の機器に散在しているデータを連携させていかねばなりません。また、部屋から部屋へのモビリティーサービスを構成しようと思えば、住宅・施設内のモビリティーサービスと、自動運転サービスとを連携させることが必要で、そのためには両サービスのためのデータを連携させねばなりません。データ連携のためには、技術的な約束事も大事ですが、連携相手と手間暇をかけていちいち交渉しなければならない事態に至らないようにする仕組みも必要です。またデータ連携の過程で、関係ない人・組織に情報が漏洩することも避けなければなりません。「データの管理は分散、しかし、その人が必要とする場合は、その承認のもとに、自由自在にデータ連携可能」という、いわば個別分散協調システムが、この原則に適うと考えられます。
これらの原則が具現化されるようなCyber-Physical世界が構築できれば、それは、人々はPhysical世界で培った知識・能力・経験を活用しながら、Cyber世界のなかでも、自分のすみかを定めていくことができるはずです。それは、私たちの前の世代が20世紀後半に築き上げた、モノがらみで経済取引を増やして、富を人々に分配するという仕組とは異なりますが、その精神は継承しているといってもよいかもしれません。私には、この国の21世紀のBlue Oceanになりうると考えています。
では、どうすれば、これらの原則を実現していけるのか?
別稿で示していきたいと思います。
第一稿 2020-06-09 記
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