サステナブル建築とCyber Physical Systemとの関係
私が、藤本隆宏先生、安藤正雄先生と一緒に書かせていただいた本で、「ものづくり」を次のように定義しました。
「ものづくり」とは、作り手の意図である「設計情報」を「もの(媒体)」に転写し、あるいはつくり込み、顧客に伝達する行為の総体である。設計とは人工物の機能と構造の関係を事前に整合を図る決める行為である。
この定義を建築の新築にあてはめて、図に描くと次のようになります。
図1 設計情報の人工物(建築)への転写
さて、日本の建築界では21世紀に入ってから「フローからストックへ」という言葉がいわれはじめました。既存建築を使いこなしたり、修繕したり、いまのニーズにあうように改修する仕事が増えてきました。いまや「私たちはいまストック社会にいる」ということが基本認識になっています。
ここで、顕在化しているのは、既存建築についての情報が欠損している、という問題です。その情報は、建築の物理的な成り立ちに関する情報(Configuration related information、以下、C情報と表記)と、建築がどのように働いているのかという情報(Serviceability related information、以下、S情報と表記)を指します。
C情報は、建築の設計・生産段階で生成される情報が基礎となります。最近になって、BIM(Building Information Modeling)が普及しはじめるまでは、C情報は、設計図面として、建築設計事務所、建設会社、専門工事業者、部材・機器製造者など多主体によって作成されてきました。建築が出来上がった後、C情報は、散在し、やがて散逸していくことは珍しくありません。さらには、改修などで建築に変更が加えられたために、保存されている図面が、建築の現状を反映していない可能性もあります。
また、建築がどのように働いているかについても、そもそもデータ・情報が集められていないことが多く、仮にデータ・情報が集められている場合でも、バラバラに集められているために、散在散逸してしまっていることも多々あります。
このような、C情報、S情報の欠損は、既存建築の使いこなしや、修繕・改修にあたって、様々な困りごとを生みます。そのため、いま「既存建築から情報を引き出す」ということが重要になっています。
幸いにして、近年は、様々な技術的手段が生まれしてきました。例えば、三次元スキャニングや三次元カメラ等による形状情報把握、ICタグ・バーコード等の自動認識媒体敷設による構成材リストの把握、センサーによるエネルギー使用量・室内環境・力学的挙動など建築性能データの収集などの技術が挙げられます(参考文献2〜6)。
このように、人工物(既存建築)から情報を引き出すことは、次の図のように描くことができます。
図2 人工物(建築)から情報の「逆向き転写」
設計から人工物への転写(図1)とは、矢印の方向が逆向きになっています。そこで、このような情報の引き出しを、私は「逆向き転写」と呼んでいます。
このように、ものごとをとらえると、建築をニーズにあわせて改修する一連のプロセスは、図2と図1をあわせた、次のような図として描くことができます。
図3 建築の改修プロセスにおける情報の「逆向き転写」と「転写」
図1〜3の右側はフィジカル(物理)世界をあらわしています。一方、人工物(既存建築)から逆向き転写された情報(引き出された情報)や、設計情報の殆どはデジタル・データ化されています。つまり図の左側はデジタルデータで構成されるサイバー世界を表しているとみることができます。
建築へのニーズ、要求条件は、そのライフサイクルのなかで、刻々と変わっていきます。その変化にあわせて改修したり、使い方を改善していくことは、建築のサステナビリティを高めていくことになります。
つまり、サステナブル建築と、フィジカル世界とサイバー世界の間での情報の転写、逆向き転写がスムーズに行われていくこととは、密接に関係しているのです。
こうした基本認識をもとに、私たちは、さまざまな研究を進めています。
では、どのような研究を進めているのか、また別稿にてご紹介していきたいと思います。
参考文献
1 野城智也. "建築のライフサイクルマネジメントのための統合的情報利活用 (キーノートスピーチ)." 精密工学会学術講演会講演論文集 2014 年度精密工学会春季大会. 公益社団法人 精密工学会, 2014.
2 迫 博司, 野城智也, 馬郡文平, デマンドレスポンスに資するリアルタイムモニタリングを用いた建物群の電力デマンドマネージメントの有効性に関する考察, 日本建築学会技術報告集 19(43), 1171-1174, 2013
3 信太洋行 横山茂紀 野城智也 既存建築物の設備改修における3次元スキャニングの活用に関する研究 日本建築学会技術報告集, vol.19 no.43, pp1215-1218, 2013
4 中村裕幸,野城智也:電子タグを付与した木材の流通実験,日本建築学会第22回建築生産シンポジウム論文集,pp157~164,2006
5 野城智也 自動認識情報敷設による建築のライフサイクル価値向上のための枠組に関する基礎的考察、日本建築学会計画系論文集 no.588、pp.119-125, 2005
6 米澤昭,野城智也:IC タグを用いた住宅部品のトレーサビリティ管理システムの開発,日本建築学会第23 回建築生産シンポジウム論文集,pp91~98,2007
7 藤本隆宏,野城智也,安藤正雄,吉田敏(編) 建築ものづくり論 - Architecture as “Architecture”, 有斐閣, 2015, ISBN 978-4-641-16414-7
8 野城智也, 安孫子義彦, 馬郡文平, 建築の快適性診断, 市ヶ谷出版
第一稿 2020-06-10 記