蜜蜂と遠雷を読んでいろいろ語りたくなったはなし。
蜜蜂と遠雷を読んだ。
この本を手に取ったきっかけは、映画化にあたって私の気になる俳優さん達が名を連ねていたことがまず挙げられる。(理由がミーハー)
映画公開当時、観たい!!!!と思ったが、数々の賞を獲った話題の小説を差し置いて映画を観るのはなんとなくもったいない気がしていた。
そんな思いから、映画をみるならまず小説を読んでから…と自分で順番を決めて、しかし図書館で気になった時検索してみても、当然人気作は貸出中ばかりで、かといって予約してまで読みたいか?と、言われるとそこまでの熱量がなかったので、読めずじまいなことが続いた。
私は収納がパンパンなちいさな家に住んでいるため、本を買う時は本当にこれが欲しい!と思った時にと決めているので、活字については図書館頼みの生活。
そうこうしている間に映画は公開期間を終え、私の気持ちも移り変わり、自分から蜜蜂と遠雷を意識して追い求めることもなくなった数年後のある日、ふらっと立ち寄った図書館にて、あ、あるじゃん。となった。
その時はそれ以外にも本をたくさん借りた。貸出期間で全部読むのは無理だろうなぁ~と思いながらその3割を読破できたら私の中では上出来。蜜蜂と遠雷はめちゃくちゃ分厚い。そして1ページに上下段で文章が分かれていて、活字のボリュームがパンパン。本を開いてみて、これ、飽きずに読めるかな?と思った。
SNSで、本をかりてきた!という投稿をしたら、蜜蜂と遠雷に3人の友達が反応してくれた。1人はトライできてないから感想をよろしく!もう1人は家にあるけど読めてないのー!という反応。
そしてもう1人は絶対読んで!!
そしてこの方はお仕事が司書さんなので、そんなふうに言われると俄然読む意欲が高まった。
この時点で
6冊強の本を画像と一緒に上げているのに、みんなが蜜蜂と遠雷に反応するの、注目度の高さを感じるね?
さて、そんな反応をいただいたら期待度も高まる。
普段私の生活は、仕事に家事に主婦業に忙しい。ましてや今期は1週間で追いかけているドラマの本数がいつもより多く、消費しなければいけない録画に追われる毎日なのに、なんとなく思いつきで大量の本を借りてきてしまった。何をしているんだ私。
生活の中の優先順位が低い趣味の時間に隙間を見つけて、睡魔と戦いながら本を読み始めてみた。
この小説については、前情報がかなり少ない状態で読みはじめた。ただ注目のきっかけが映画ではあったので、映画の主要俳優さん4人をイメージしながら読むことができた。
演じる俳優さんは4名とも好きではあるが、私が最近特に気になってしまうのは、森崎ウィン氏。ハリウッド映画レディープレイヤー1で初めて注目し、整った顔立ちなのに親近感の湧く親しみやすさ、英語が堪能な知的なところ、甘過ぎず、軽すぎず、破顔した時のチャーミングさ、かわゆ……そして私の推しとなった。
さて読み始めた物語は、あ、これが多分女優のあの人、これはあの人かなと次々にページが進み、気がついたら面白い、と、止まらない!!!!!!!!!
物語のあらすじは、国際的ピアノコンクールの参加者=コンテスタント達が、音楽に愛される天才や、血と涙を流しながらピアノに人生を捧げてきた努力家のライバルたちと、互いに影響し合って変化しながら成長してゆく物語なのです。
読みながら、これは、ASAYAN?!(古!!)今でいうならNijiプロジェクト?的な感じか?!と思った私。
そして私の推し、森崎ウィンくん演じるマサルは、この中でも完全にイケメンのヒーローポジション。
彼も彼なりの苦悩だったり、悩みを抱えていたりするけど、強い意識と研ぎ澄まされた技術と感性を武器にズンズンコンテストを進んでいく。
その中で幼なじみとの出会いがあったり、ライバルとのやりとりがあったりして、期待してもなかったのに、かなりキュンキュンさせられた。
これを、森崎ウィンくんが映画で演じるの!?
まじか、観たい、観たすぎるぞ……!!!!!(高まる期待と興奮)
クラッシックのピアノコンクールなんて、無縁な生活をしている凡人の私は、出てくる演目や作曲家、基礎知識があまりにも乏しい中で読み進めていったけれど、音楽をそこに広がる想像力を駆使して文章として表現していて、耳で感じるものを心で捉えて文語化してゆくところが凄い!と感動しました。
またこの物語を小説にするにあたって、はかり知れないボリュームのリサーチと、リアリティの追求にかけた労力がその制作背景にあったんだろうなぁということを感じて、ノンフィクションなのでは?というほどの緻密さと繊細さがそこにはあった。
さてそれほどにまでのめり込み、自分の自由時間を集中して本に費やすること4日。蜜蜂と遠雷を読破。面白かったーー!!!!
すっかり心をどっぷり持っていかれて、余韻に浸りながら、ようやくかねてからの興味の対象であった映画を見るときがきた。
(ちなみにamazonプライムで映画は見れるよ)
身を正して鑑賞開始。高まる鼓動、どきどき、、小説のそのシーンからはじまるんだね、うん、映像が綺麗。配役もイメージにぴったり!!!・・・・・わぁ!!
でてきたマサル!!あれ?なんか淡々としているな?・・・・・・
ん???
全部見終えたら眠くなってた。
(チーン)
……もうしっかりはっきり思ったことは、本と映画は全くの別物です!!!
配役は思ったとおりぴったりではあったけれど、あのボリュームの本を2時間やそこらの映画に納めるのはまず不可能ということ。物語の上っ面をなぞるかのようにシーンが流れていく……なんという肩透かし。
しっかりとした内容で連続ドラマ(4クールくらいでよろしくたのむ)かシーズンがどれだけになってもよいからアニメのシーズンもので映像化してほしかった。。。大河ドラマ枠でもいいよ。。
まず松岡茉優演じるほぼほぼ主人公の栄伝亜夜の、友人役、奏、とても支えになっていく奏が、映画ではいないことになっていることに驚き。彼女の存在が亜夜にとって大きな道しるべと救いになっているにも関わらず、奏という存在がいないがゆえに映画での亜夜はますます孤独が浮かび上がっている。暗い。暗すぎる。
そして私の愛する森崎ウィン演じるマサルはなぜが映画のみで指揮者と対立していたりして、原作にそんなところがなかった分なぜこれを加えたのか・・・?という疑問しかない。だれか何故あのシーンが必要だったか教えて??
私のお気に入り胸キュンポイントはことごとくカット、もしくはニュアンスを変えられていた。あまりにも寂しい。あまりにも悔しい。もったいない。私の脳内ではあんなに素敵だったマサル。あのマサルは映画の中にはいない。あぁ、私のマサルを返して。。
高島明石役の松坂桃李もイメージにぴったりだったのに、いろいろ割愛されていて、ここが良かったのに・・のオンパレード。登場人物が多い分、全部にフォーカスすることは厳しいということは分かっているが、それにしても彼の最後の見せ場であるあのあそこの連絡のシーンそれをまるまるカットは悲しいよ…結果のテロップだけじゃ全然伝わらないよ…
また、明石に密着取材している友人でカメラマン役のブルゾンちえみが全然馴染んでない。芸人としての印象が邪魔をして、映画の世界観を壊しているような気がしてしまう。もっとぴったりな人がいたのではないかな。
風間塵役の鈴鹿くんはもう小説から出てきたかのような佇まいで、音楽に愛される塵役を完璧にこなしている。しかし亜夜をメインに物語が進んでいくので、風間塵の凄さ、影響力、周りに与えている印象がことごとく弱くて、小説で語られる風間塵とはそれはまた別物だった。
ピアノの演奏はそれぞれに素晴らしい。これでもか!と技術と演出で魅せてくる。だけどそもそもクラッシック音楽に疎い私には退屈で・・(たぶんこれは私の問題ね)
さて、いろいろあるけどまとめ
:映画は残念ながら期待はずれ、映画から見なくて本当によかった。しかし映画がなければ私はこの小説を読むに至っていなかったかもしれないと思うと複雑である。
小説、恩田陸さんの蜜蜂と遠雷はとても素晴らしい本です。エンターテイメントです。普段文字を書くなんてこと全くしていない私にnoteにアカウントを作って投稿するまでのエネルギーをくれました。大変面白い本に出会えました!!!
これから映画を見る人が本を手に取る機会がどうかどうかあるように願っています。そしていろいろ調べたらスピンオフ版の小説もあるのですね!早く読みたいぞ!!!
おわりに
こんな稚拙な文章をここまで読んでくれたあなたに本当に感謝!!あなたの時間を1分でも割いてくれてありがとうございます。
語られた感想はすべて個人の感想ですので参考までに。
これからも語りたいことができたときにnoteを投稿します!