『初冬かきしま/とびしま海道旅』 1日目 かきしま海道
12月。
自転車乗りにとっては、凍結が怖くなる時期。
凍結しなくて……いや、なるべく暖かいところに行きたい。
暖かい場所と言えば、海だ。
海が近くて、今年走っていないところ。
どこだ。……瀬戸内海だ。
そういえば、かきしま海道・とびしま海道は一度も走ったことがない。 こうして行き先が決まった。
一日目は、「かきしま海道」を走ることにした。
と言いつつ、きちんと「かきしま海道」の公式ルートをトレースしているわけではない。おすすめは、必ずしもそのまま食さなければいけないわけではないだろう。
自転車乗りには、ルートを料理する権利、あるいは、ルートを料理する必要がある。料理することが、そのままツーリングなのだ。家に出る前からツーリングは始まっている。
―――
以下、当日の話。
京都から新幹線で広島駅へ。7:25。 新幹線の速さと早さを感じる時刻に到着した。駅前で輪行を解除して、宇品港へ向かった。
宇品港から江田島の切串港へ渡る。
この航路は、30分に一本おきにフェリーがある。そこらへんの電車と間隔がほとんど一緒であるあたりに、この土地の船の重要性が垣間見えた。
おおよそ30分の船旅を経て、江田島の切串港に着岸。ここから自転車旅がスタート。
江田島の海沿いに走る。 小春日和と言うには、あたたかさ成分が強い日だった。 猫が伸びをしているような穏やかな空気を吸い込んで進んだ。
江田島は活気がある島だった。
場所によっては交通量もそれなりにある。 街中の道路は狭く、カーブも多く、したがって見通しも悪い。 時折、車に道を譲りながら進んだ。
江田島はアルファベットの「Y」のような形をしている。 その「Y」の左のてっぺんあたりから海岸線に別れを告げて、林道に入った。
ただの林道だけど、「砲台山スカイロード」と呼ばれているらしい。 林道にしては落枝落葉は少なく走りやすかった。 そこそこ車も入っているのだろう。ただし、斜度はまあまあきつい。
「スカイロード」の名に恥じない眺望が続く。 「とりあえずいい感じの名前つけときゃいいんでしょ」という下心しか感じない道とはまるで違う。 見どころがそこかしこにあった。 標高こそ低いけれど、走って楽しい道だった。
登り切りは砲台跡だった。
日露関係の雲行きが怪しくなった明治時代に作られたこの三高山砲台跡。 結局、砲台としての仕事を一度もせずに終わったと看板に書かれていた。それは良かった、と心から思ってしまうのは、昨今の世界情勢のせいかもしれない。
三高山砲台から下り、再び海岸線を走る。
ここらで昼飯。
腹が減っていたのでお好み焼き2枚(Sサイズ)を頼んだが、想像以上にボリューミー。ゆっくり食べようものなら、食べ切る前に腹がいっぱいになってしまう。勢いで食べた。口の中はいっぱい火傷したが、それ以上に旨かった。
―――――
午後から、薄雲が広がり始めた。
国道から逸れて、再び林道に入った。 ここから陀峯山(だぼうざん)へのヒルクライム。
陀峯山の標高は438m。 標高自体は大したことないのだけれど、海抜0メートルから登るので、まあまあ上る。 胃袋に収めたお好み焼きも重い。 仕方なく、のんびり上った。
頂上には陀峯山パノラマ台がある。
視界の下の方は木々に食われてしまっているけれど、ほぼ360度のパノラマが堪能できる。先に「標高は大したことない」と書いたが、標高438mの陀峯山は、地元千葉県の最高峰よりも30mも高い。島といえども山がちなところなんだなあ、と再認識した。
体が冷え始めるくらいまでゆっくりしてから下った。
陀峯山から早瀬大橋方面へ下る途中、急に景色が変わった。
まず感じたのは違和感。 森から抜けて視界が開けた、とかそういうレベルの違和感じゃない。ここはどこだ、と驚く感覚に近いような「これは普通じゃないぞ」という違和感。
道が切り立って石で固められている。 法面がコンクリで固められているのではない。 普通の石だ。 石をぶった切ったように道がある。
こんな写真では伝わらないかもしれないけれど、両脇からの圧迫感がスゴかった。
「追の浦渓谷」という看板があった。
「ここに? 渓谷?」 こんなに海の近い場所に渓谷なんて意味が分からない。そう思いながら、看板の先に進んだ。
「ほおお…」と声が漏れた。大パノラマが広がっていた。 山肌一面に岩が露出している。 先ほどの道は、こういった石をぶった切って通した道なのだと、この時初めて気が付いた。
……にしても、ここ怖すぎる。 柵は一切ない。 歩きやすいSPDとはいえ、金属のクリートが石に直接あたるこういう地面は滑る。 ビビり倒しながら這いつくばるような形で進んだ。
石台の下の茂みの方からカップルが出てきて「もう少し先まで行けますよ」と教えてくれた。ちょっと怖かったが、教えてもらったのであれば行くしかなかろう。
先の方に行く道は獣道のよう。 枝に服を引っかけながら進んだ。 少なくとも観光地のそれではない。 でも、そういうの、嫌いじゃない。
さて、その先の景色は……
再び「ほおお…」と声が漏れた。 これは……吊り橋効果抜群だな。ちょっと膝が笑う。連れのいない旅。 一人で無駄にドキドキ・バクバクしていた。
途中、足に当たった小石が下まで落ちていった。岩に当たりながら「パチーン、パチーン、パチーン」と音を立てる。その音は、岩に鳴り、谷に響き、空に広がった。その音で今いる場所の高さを再認識して、しばらく恐怖で動けなくなっていたのはここだけの話。
まだ若干膝が笑っているのを感じながら、追の浦渓谷を後にして倉橋島へ向かった。12月の低い太陽が、長い影を作り始めていた。
倉橋島は、島の外周を走る県道283号線を走った。
倉橋島の南側を縦に貫く県道35号線にぶつかる辺りで日没。
マジックアワーが終わればナイトライドになる。
このタイミングでここを走ってしまうのは、「もったいない」と思った。
一度走ってしまうと、それで満足してしまうことがある。たとえ、その時、辺りが真っ暗で何も見えなかったとしても、である。
しかし、景色を見ずに満足してしまうのは、あまりにもったいない景色がここにはあった。
また来よう。
走らなかったという事実を残しておけば、ここには多分また来るだろう。それだけの魅力がある。そうやって再び訪れた場所が、僕にはたくさんある。
予定ルートをショートカットしてこの日の宿のある広へ向かった。
音戸大橋を渡り本土に戻った頃には、既に辺りは真っ暗だった。 のんびりしすぎたなあ、と思ったけれど、それでもいいとも思った。島旅なのだから。せかせかした島旅なんて楽しくない。したくもない。
広のビジネスホテルに沈み、明日の旅に備えた。
つづく。