免許なし? 田舎でもクルマに乗らない方法
田舎で「クルマの免許ないんです」と告げると、すごく残念な生き物を見たみたいな顔をされる。続いて心配されるけど、ありがとう、大丈夫。
「だって、どこにも遊びに行けないでしょう?」
――いえ、庭も田んぼも山も、色々揃っているし、もともと出不精で。
「そうは言っても、お買い物不便じゃない?」
――生協が来てくれますからね。直販所いつも助かっています。
「何かあったら病院だって」
――送迎バスに鉄道、タクシーも来てくれますよ。
なかなか納得はしてもらえない――実際のところは、僕たちは移住の前も後もクルマなしで不自由しなかった。もちろん、地域と生活スタイルによっては必須だけど、そうじゃない可能性もあるよ、ってことを書いてみたいと思う。「クルマに乗れない」を理由に諦めている人が居たら、田舎暮らしを考える切っ掛けになる、...かな? どうだろう。
クルマなし田舎の条件
結論から書いてしまう。以下の条件をある程度満たしていれば、クルマはなくても生きていける。
・A. 鉄道・バス圏内か、タクシーの配車が可能
・B. 生協とアマゾンの宅配圏内
・C: 雪の降らない温暖な気候
・D: 要介護者がまだいない
・E: 電動スクーターかアシスト付自転車
Aを満たさないハードコアな地域が多い一方、満たしている田舎だって同じくらい多い。この近所も、牛山隆信氏の「秘境駅」シリーズの常連になるような田舎だけど(※)、逆に言えば鉄道が走ってる。加えて、2019年の台風の後、鉄道が止まってもタクシーは来てくれた。
生協の宅配範囲は案外広い。ただし、集落で他に誰も加入していないとNG。不動産を見に行くなら、近所の軒先に生協の気配(宅配ボックスとか)がないかチェックしておこう。生協が来るなら、アマゾンの配達は多分問題ないけど、あまり県道から離れると災害時が心配だ。
Cは切実で、雪は危険すぎる。古民家だと本当に凍死しかねないし、何よりも道路網からの孤立が怖い。どうしても雪国に行くなら、クルマは必要じゃないかな。僕は怖くて検証できないけど。Dも自分ではどうすることもできない。配偶者や同居親が要介護なら、都会でもクルマが欲しい。
クルマ無しとしても、何かしら10km程度動く足は必要だ。電動スクーター、アシスト付自転車があたりが有力候補。田舎の超小型モビリティ活用は期待しているけど、個人レベルではまだ着地点が見えない。
※秘境駅シリーズに出てくるのは、数km先の いすみ鉄道久我原駅
みんな乗らないけど鉄道がある
項目ごとに少し掘り下げてみよう。公共交通が便利なのが都会の特権とは言え、田舎にも人の営みがある以上は道があるし、集落があればバスか鉄道が近くまで来ている可能性がある。旅行者目線では見つけにくいけど、自治体がマイクロバスを出しているケースもある。クルマに乗らなくなった高齢者向けのイメージが強いけど、若者だって乗っていい。
せっかく鉄道があっても、地元のひとが乗らないという話もよく聞く。
「使うのはこどもたちの通学くらい」
「1時間に1本だと大変でしょう?」
「運賃高すぎて普段乗れないね」
地元のひとはクルマがある前提なので高く感じるのだと思う。僕らも下北沢在住時、160円で新宿に行けた当時からすると、最寄り駅から主要市街地まで30km、千円超は安くない。ただ、下北沢駅の乗降者数はコロナ以前なら25万人/日近かったのに対して、地元鉄道の利用者規模はその100分の1ほど。それを考えると高い気はしないし、観光客だけが使うんじゃもったいない。
地元鉄道 vs 自家用車
例として、往復60kmで鉄道と自家用車を比較してみる。鉄道のかわりにバスだと、もう少し高くなるかもしれないことを予め断っておく。
・地元鉄道: 約1,800円 (往復割)
・自家用車: 約500~1,000円 (燃費による)
鉄道は2人で乗ると2倍かかるのがネックだけど、初期投資と維持費が入るとどちらがベターか。50万くらいで中古車を買ったとして、月2回利用の5年間でざっくり計算してみる。
・地元鉄道: 1,800円×2人×24回×5年 ≒ 40万円
・自家用車: 700円×24回×5年 + 中古車購入 + 車検1回 + 自動車税 ≒ 80万円
普通車免許を持っていないなら、つまり僕の場合、ここに免許取得費用が30万くらい乗ってくる。もちろん、条件は生活パターンで大きく変わる。遠くまで買い出しに行かないまでも、近所を回るのに毎日使うかもしれないし、鉄道だって通勤に使うとなれば月2回じゃ足りない。逆に、自粛続きの今年、僕たちは月2回どころか、まだ年2回しか乗っていない。
実際には、後述のスクーターなども必要で、上の方程式はもう少し複雑になるけど、「月数回の利用までなら鉄道が安い」ケースは多そうだ。
買い物に出かけない人たち
こちら東京・下北沢からの移住組で、生まれも育ちもクルマなし。実家もクルマなし、免許なしで、なしなしづくし。クルマで買い物になんか行かないし、そもそも、都心にいると買い物自体に出かけない。
新宿に出るくらいなら、海老名(神奈川方面の郊外)のショッピングモールに行ってしまう。下北沢でアンティークは眺めるけど、地元のスーパーは激混みで、古着屋を回るのは体力が持たない。「せっかく住んでるのに」と言われても、人が多すぎる。カフェ巡りは楽しいけど、僕たちもカフェを営業してたから出不精の極みになってしまった。
東京は今、どんどん不便になっている。地方都市の方が住みやすいというけど、実際そうなんだろう。田舎と比べても、どっちが不便なのか。
生協とアマゾン、地元商店
そんな、都会の出不精たちの味方が生協だったし、ここ20年はAmazonも、楽天、AliExpress、Cotta、メルカリ、...通販がよりどりみどり。生鮮食品をのぞけば、通販の方が基本安い。並ばなくてOK、交通費不要、送料もあまりかからない。逆に、聞きたい――ねえ、なんでみんな買い物に行くの?
街は、「買い物の学校」だ。店を眺めて、歩いて食べて、時々は何か買って帰る。身も蓋もなく言えば、店頭で未知の商品を学習する場所。ただ「現物(を見ないと)主義」は半分正しくて半分間違っている。どんな商品も、結局のところは使ってみないと分からない。店頭の手触りと、ネットを上げた情報の総力戦、どちらの情報量が多いか次第だ。
結果、この10年で、訪れる商店はめっきり減ってしまった。僕にとっては、次の5つだけ。幸い、田舎移住してもなんとかなった。
・パン屋 → 自宅で焼く ※この件については、また別記事で。
・コーヒー焙煎所 → 山奥に発見
・美容室 → セルフカット
・病院 → 電動スクーターで (年数回)
・ホームセンター → 鉄道で (年数回)
自転車と電動スクーター
公共交通がサポートしきれない部分、例えば駅から自宅までの「ラストワンマイル」の部分が田舎でも必要だ。1マイル≒1.6kmでは足りず、5マイル≒8kmくらいは覚悟しないとなので、よほどの健脚でないと只の自転車ではつらい。都会よりアップダウンが激しいし、ある程度は荷物を運ぶ必要もある。
アシスト付自転車なら大丈夫だけど、山道を考えるとスポーツタイプにしたい。国内については、足1:アシスト2まで、10km/h以上はアシストが弱くなる制限あり。それなりに身体を動かす必要はあるけど、田舎道を走るのは爽快だ。
僕たちはというと、電動スクーターを選択した。街乗り用のもので田舎道は走れないので、要件としては次の3つが重要になる。
・モーター出力が原付二種(600-1000W)か、一種上限の600Wに近いもの
・バッテリーについて航続距離50km以上
・タイヤ径が10インチ以上
世界的なトレンドとしては、街乗り用と高出力モデルに二極化してきていて、程よいモデルがなかなか無い。次の買い替えのタイミングで、僕は二種免許を取る必要があるかもしれない。体重にかなり左右されるので、小柄な女性だったら一種でも大丈夫。
アシスト付自転車のメリットは、免許と軽自動車税不要、自賠責の加入義務無しで、維持費が抑えられること。以前は15万くらいしていたのが、最近は10万を切るモデルもある。一方の電動スクーターのメリットは、漕がずに済んでコンパクトなこと。乗り降りが楽で散歩感覚で乗れるのも良い。デメリットは、アシスト付の逆で原付免許+軽自動車税+自賠責が必要な点。輸入品の場合は保安部品を適切にDIYする必要もある。
消えゆくガソリンスタンド
アシスト付きにしてもスクーターにしても、電動の必要がある。都会でもガソリンスタンドの閉鎖が目につくようになってきたけど、田舎はその比じゃない。今年になって、写真に写っている最寄りスタンドも閉鎖されてしまった。この時は自転車で片道5kmを漕いで、悲鳴を上げていた。今は、最寄りのスタンドまで9kmあるので、もう自転車じゃ無理だ。
環境意識から「CO2削減」「化石燃料を使わない」でも良いけど、すでに田舎のガソリンスタンドは絶滅危惧種になってしまった。農機なら農協から軽油が手に入るけど、法律上ガソリンは宅配が難しい。菅義偉首相の言う2035年(の電動化)を待たずして、破綻は始まっている。
運搬車と農業車両
ここで先に謝罪させてほしい――ちゃぶ台を返すようだけど、うちにも実はクルマがあるんだ。認める、本当はクルマが必要だって。でも、そのクルマが普通車である必要は全然ない。
・スキットステアローダ - ショベルカーとフォークリフトとして
・運搬車 - 積載500kg、軽トラの替わり、丸太と農機具の運搬に
・トラクター - 畑の耕耘用、20馬力
参考まで手元にあるのはこの3つ。普通車免許のない僕だけど、移住が決まってから、小型特殊の免許は原付と一緒に取ってあった。
・普通車 (免許としては、以下2つを含む)
・原付自転車
・小型特殊自動車
普通車と原付はおなじみだと思う。小型特殊は、農業用トラクターやフォークリフトなど、特定の作業に特化したクルマで、先に挙げた3台がまさにそう。公道を走る場合は免許が必要になる。原付の免許は半日で取れるけど、小型特殊免許は実地講習がない分、さらに短い。試験内容は原付とほぼ一緒だった。
小型特殊のメリットは、それぞれの特殊作業そのものにあるけど、普通車免許が要らないところも重要。逆にデメリットは、公道で時速15kmまでしか出せないところ。
二人乗り問題 - 要介護者と超小型モビリティ
駅やバス停まで、車椅子で到達できるだろうか。距離が近くても、路面状況が悪いとつんでしまう。乳母車も同じだ。抱きかかえて歩けるような道だろうか。乳幼児と介護に田舎はあまりやさしくない。
電動スクーターの一番の問題は、二人乗りができないところにある。家族を病院に連れていくのに、頻度が少なければタクシー、本当の緊急時なら救急車の厄介になるつもりだけど、常態化するなら覚悟してクルマを買うしかない。
今年になって、超小型モビリティの市販車(型式指定車)がやっと出てきた。ここでのポイントは二人乗りができるところ。従来のミニカー(マイクロカー)は一人乗り専用機なので、使い所が意外と難しかった。現状では、超小型モビリティを運転するには普通車免許が必要なのがネックだけど、今後、この部分は変わっていくと期待している。国会議論の行方次第とは言え、高齢者の足とするなら普通車免許の返上とセットになるはず。速度制限付の免許枠が新設されるのが自然に見える。
超小型モビリティは、電動車ということもあって、田舎で使うにも便利そう。地元市原市でも、今春からカーシェアの取り組みが始まった。ただ、まだ色々実験段階で止まっていて、道路側の対応や、法制度の準備が足りない。周辺環境が整うのを待ちたい。
雨と傘とクルマ
日本みたいな湿潤気候でのクルマの利点は、雨を気にせず出かけられるところにある。もう何世紀も雨傘に革新が起きないのは、クルマが誕生したせいかもしれない。
その点、電動スクーターは雨が降ると使えない。これが地味に困る。晴耕雨読を地で行きたいけど、人に会う約束があるとなかなかそうもいかないし、歯医者の予約とかもそうだ。雨が降るたびに予約日をずらしてもらうのは、どうにも気が引けてしまう。
来年から配達用の足が必要で、前述の超小型モビリティを徹底的に検討した。教習所に申し込みを入れるか相当悩んだ。結局のところ、時期尚早という判断で、中古の屋根付きスクーターに落ち着いた。車幅が狭いので、田舎道で取り回しは抜群。電池が持たないのが玉に瑕だけど、しばらくはこれで行こうと思う。
災害復旧と県道からの距離
重要ポイントがもうひとつ。これは、僕は移住前に意識できていなくてヒヤッとしたポイントだ。大雨が降ると、近所の山道は何箇所か崩落する。崩落することがあるとかじゃなくて、一定雨量で確実に崩落する。二車線の県道なら片側が大抵通れるけど、市道の多くは一車線なので通行止めになってしまう。つまり、宅配のクルマもタクシーも入ってこれない孤立集落になる。幸い、僕たちのところは県道から100mも離れていないので助かったけど、これが市道で1km以上奥に入ってたりすると大変だった。
ハザードマップを見るときは、不動産の場所だけ見てもNGで、途中の道路が塞がれないか、道路幅はどうか、できるなら一度は歩いて確認したい。県道か市町村道かも重要。県道は1ヶ月もあれば復旧するけど、市道は1年か2年かかることもある。県道だってがけ崩れの修復は年単位だ。奥まったところに住むなら、修復までの間を乗り切る荷物移動の手段がかかせない。軽トラなり運搬車なりが必要になる。距離によっては手押しのリアカーも選択肢か。
まとめ ― 鉄道と生協はいつまで
「そこまでしてクルマに乗りたくないの?」とは知人の言だけど、僕は別にクルマが嫌いじゃない。合理性を感じればクルマに手を出すと思う。超小型モビリティの着地点によっては、それは近い将来の話かもしれない。ただ、今は不合理に満ちている。慣れって怖い。
・スタンドがなくなる中でガソリン車を買う
・不必要なハイスペック免許証と教習代
・ラスト数マイルでいいのにごつすぎるクルマ...etc
端境期なんだと思う。この田舎に公共交通が残り続けるのか、万が一なくなってしまうなら、合理的な新しい世代のクルマが市場に間に合うのか。法整備は進むのか。見守っている。
一方、生協はいつまでこの集落に来てくれるのか。届けてくれる方にはいつも頭が下がる。宅配便も同じ。悪路、悪天候で一日にいくつもの集落を廻るのは大変な労力だ。どこまで、宅配のシステムに依存してよいか不安になるけど、個人としてできるのは、自給して、依存をほどほどにしていくこと。5年、10年後にまた2019年クラスの台風が来ても、鼻歌交じりに対処できるくらい自立できているだろうか。
§
気楽に書き始めたのに、割とシリアスになっちゃった。すみません。クルマなしの田舎暮らしは可能だけど、それなりに考えることは多いよ、という話でした。また。