お隣の土地を譲り受ける - 1軒目
「隣の土地は借金してでも買うべし」と言うけれど、田舎暮らしだとどうなんだろう。土地はまとまっていた方が高くなるとか、形が良いと買い手が付きやすい、みたいな話はどれも「売れる前提」なので当てはまらない。でも、田舎だからこその、不動産を引き受けるメリットは確かにある。
今回、(本当にたまたま) 立て続けに隣地を2軒購入することになり、その面白さと難しさを垣間見た。2度あることは3度あるとも言うので、その経緯を書き残しておこうと思う。要約するなら、
というお話。まずは1軒目の顛末をどうぞ。
※契約書や法務局への申請については、別記事にまとめる予定なので、あくまでも体験談としてご参考まで。若干のフィクションを含みます。
ある日、庭で薪を割っていると…
我が家はド田舎だけど、集落の建物が集まっている辺りなので、日々の庭仕事の最中にご近所の様子がなんとなく聞こえてきたりする。隣の空き家には、ご姉妹がお掃除にちょくちょく訪れていて、その際には「こんにちは」と声をかけるのが習わしだった。
その日も薪割りをしていると、話し声が風に乗って聞こえてくる。ああ、今日もご姉妹が来ているんだな、と思っているといつもと様子が違う。曰く「倒壊する」「取り壊し」――何やら不穏なキーワードが飛び交うので、思わず「どうかしたんですか?」と聞いてしまった。
「納屋が崩れかけて危ないんで、壊すことにしたのよ。親せきでカンパして」
どうも、奥の方にも別棟があるらしい。通りから見えないので気づかなかったけど、確かに屋根が落ちて、倒壊が始まっている。近所の迷惑になるので、解体業者を呼んでいるとのこと。ふむふむ、そういうこともあるのかと拝聴していると、これを機に納屋だけでなく母屋も壊すらしい。もう30年来の空き家で使い途もないという。
築100年以上とはいえ、「古民家」から連想するようながっしりした造りではない。長方形の納屋みたいな建屋だ。たしかに、ここに今住むのは難しいだろう。けど、だからといって壊してしまうのは…、なんとももったいない。ご姉妹が帰った後も、落ち着かない気持ちが残った。
「もったいない」の罪悪感
集落の人との世間話でも、僕はつい「もったいない」と言ってしまうんだけど、いざ音にするとき妙な罪悪感がある。田舎の建物も田畑も「もったいない」モノだらけだけど、ぜんぶ他人様のモノだ。それぞれにいろんな事情がある中で、外野が無責任に口にして良いのか。
2021年、コロナ2年目の当時――実際のところ一度も戻っていなかったけど――まだ東京にもアパートがあった。形ばかりの「二拠点生活」は続行していたものの、コロナ禍で風前の灯火。アパートを引き払うことは決まっていたのに、先延ばしにしている状況だった。悶々とするのは、お隣の事情より、むしろ中途半端に片足を東京に残していたからかもしれない。
現実的にも、東京の家財道具の引受先が問題で、倉庫でも借りるか、増築するか、いっそ全部処分する? それこそもったいないことこの上ない。でも、ふと気づいた。これって隣を借りたら、あるいはいっそのこと買っちゃえば、まるっと解決しないだろうか。ある意味、降って湧いたようなタイミングだ。
とても胡散臭い (自分が)
「これこれこういう者です。お宅の土地を売ってくれませんか?」
怪しい。こんなこと言ってくるやつ、めっちゃ怪しい。そんな人が来たら、自分ならとりあえず追い返す。だいたい失礼だ。困った。集落の人にも変に思われないかしら。それとも、僕にはふてぶてしさが足りないのか。
しばらく逡巡して、別のご近所さんに相談した。「長いこと住んでないんだから、失礼には当たらないよ」との言に背中を押されて、とりあえず隣家を借りられないか打診してみようと思った。
あまり時間を置きすぎると、解体が始まりかねない。日を置かず、勇気を出して聞いてみると、使ってくれるなら譲るよ、と。しかも、貸借ではなく売買で構わないという。
手に入れるものは?
約90坪。正確には「お隣」ではなく、通りを挟んだ向かい側にあたる。我が家の時点で、すでに県道から市道に入って軽自動車じゃないと躊躇するようなところだけど、その空き家はさらにその先、未舗装の巾1.5mの道を若干くだったところにある。車では入っていくこともできない。
ただ、建屋の先にはすぐに川が流れている。崖になっていて高低差がある分見晴らしが素晴らしい。しかも南東側に開けている。これは、一般的には手を出すべきではないけれど、うちにとっては宝石みたいな一等地かもしれない。
建屋は古く、柱が一部沈んで梁が傾いているものの、全体的には原形を保っている。当分倒壊はしなそうだ。屋根のトタンが錆び切っているので、雨漏りを放置するとまずい。野地板はまだきれいなので、ガルバニウムの波板に張り替えれば十分だろう。倉庫としてなら、今日からでも使えなくはない。
僕らは意を決して、購入という形で話を進めさせてもらうことにした。
相続人は誰?
この空き家の登記情報を法務局のサイトで確認すると、ご姉妹の両親(故人)のままになっていた。田舎ではよくある話で、そのまま住み続けていたり、売買の可能性もないなら、相続時に何もせず放置しているケースがほとんどのようだ。亡くなっている方とは契約できないので、まず相続登記の手続きが必要になる。
相続登記については、最近になって法改正があり義務化されることが決まっている(2024年4月から施行)。国も、空き家と所有者不明の土地対策にやっと重い腰を上げた。この件については、ニュースに取り上げられることも増えたので目にしたことがあるかもしれない。
ご姉妹の話によると、相続人はほかにも何人かいて、代襲相続/二次相続があるので数は増えるかもしれないとのこと。30年以上が経過していると、たしかにいろんなことが起きるだろう。関係者に連絡を取るだけで大変だ。法律で決まっていることとはいえ、それだけの手間をとってもらうことが見合うのだろうか?
僕らにとって幸いしたのは、解体に先んじて相続人の間で連絡を取る動きがあったこと、先方のご親戚に司法書士がいたことだ。結果としては、10人を超える相続人がいて、全員から判をもらって遺産分割協議書を作ったうえでの相続登記となるようだ。
不動産屋を通すかどうか
一般に、土地の売買といえば、不動産屋を通すのが普通だと思う。でも、土地を自分で見つけてきて、直接交渉まで済んでいる場合は? その場合でも、一般的にはトラブルを防ぐために不動産屋を通した方が無難だ。ただ、知り合いや親戚に不動産屋がいればともかく、安心して頼める人を探すのも手間だし、地方の空き家はたいてい遠隔地にあるから、頼んで来てもらうにしても半日あるいは一日作業になってしまう。
不動産屋に仲介を頼む場合のメリットは、不動産売買の契約書や、法務局への登記、もろもろのお膳立てをしてくれるところにある。売主と買主は初対面であることが多いし、ほとんどの人は不動産売買の素人だ(もちろん僕も)。なので、第三者が話に絡んでくれるということ自体が、両方にとっての安心感として大事だ。ちなみに、この安心料(不動産仲介料)は上限が決められている。※基本的には上限で請求される
例. 価格1,000万円 → 36万円 (価格×3% + 6万)
例. 価格 400万円 → 18万円 (価格×4% + 2万)
例. 価格 100万円 → 5万円 (価格×5%)
ただし、400万円以下については空き家の調査に費用がかかる場合は18万まで請求できるので、100万円の物件であっても18万かかると思っていた方が無難かもしれない。
お値段の基準を考える
個人間の取引なので、価格はあってないようなもの。ひとによってはゼロ円でいいから持ってってと言うかもしれない。先祖代々の土地を一千万以下で売るなんてけしからん、と言う人だっているだろう。ぼったくろう、あるいは安くせしめてやろう、ということならお互いに吹っ掛けあって丁々発止やるのもいいのだけど、ご近所同士穏便に、無理なく、でも切実な交渉として行おうと思ったとき、どうしたら良いのだろう。
こういう時に、価格の基準にできるのが固定資産税評価額だ。固定資産税を払うときの基準になる数字で、毎年4月か5月くらいになると送られてくる通知書に記載されている。不思議なもので、これは相続登記されていなくても、相続人のひとりに届くので、誰かしらが税金を払わないといけない。それはそれとして、この評価額はだいたい市場価格の7割ほどと言われている。田舎だと土地取引自体がほとんどないはずなので、実態を表しているかはまた別問題なんだけど…。
都会の物件なら、周辺地域の不動産情報を見て相場を探るのが常だ。田舎では、この手が残念ながら使えない。まず、物件情報がないし、あっても数年間塩漬けになっていたりする。つまり、その値段では売れないということは知れても、結局のところあまり参考にならない。不動産屋が周辺の売買情報を持っていて、それとなく教えてくれることもあるけど、土地や建物の状況で数百万円の振れ幅があるので、結局のところ物件次第になってしまう。
メリットとデメリットのバランス
唯一基準になりそうな固定資産税評価額も、土地や建物の状態までは考慮されていない。崩れた斜面を背負っていたり、水道が壊れているなどの明らかなマイナスがあっても、それは反映されていない。今回で言えば、倒壊の始まった納屋というのがマイナスになるけど、評価額からは読み取れない。
他にも、相続登記で司法書士に依頼したり、法務局で支払う金額だってコストだ。遠方から来る場合は交通費もばかにならない。前述の、不動産仲介費用だってそう。うっかり相続登記で何人もの相続人で按分してしまうと、意思統一にかける精神的なコストもある。逆に、売れないつもりでひとりが相続したのに、あまりに高額で売れたとかなると、それはそれで親族間の摩擦が起きそうだ。
いろんなバランスを考えたとき、論点を整理すると今回はこのあたりに絞られてきた。
メリット: 隣であること、眺望の良さ
デメリット: 要相続登記、納屋が倒壊中、未測量、車が入れない
何といっても隣であることは大きい。唯一無二だ。一方で、デメリットも大きいのでうち以外に買い手が付く可能性はまずないだろう。相続登記と納屋の解体については、ご姉妹の方で先行して実施されたので、デメリットから外れた。未測量なので「境界の明示」がないが、水路と崖と旧い市道(もう使われていない)に囲まれているので、問題が起きるとは思えない。うちにとっては「眺望の良さ」と「車が入れない」でとんとんだろうか。 (本当は水道がダメになっているとか色々あるけれど、古民家で瑕疵を挙げ続けるとキリがない。倉庫としての利用で無視できるものは無視した)
お互いに、このチャンスを逃すと売買の可能性はない、というところで共通の認識はできていたと思う。結論としては次のようになった。
不動産屋は通さず、DIYで契約と登記
固定資産税評価額で取引
細かいところとしては、公簿取引、契約不適合責任免責、境界非明示が条件になるけど、このあたりはまた別の記事で。
本当ならば、慣れない取引なので不動産屋を通したい。でも、そのためには境界の確定が必要だった。追加で100万近いコストアップになってしまう。そうすると、すでに納屋の解体費を払っているお隣さんとしては足が出てしまうし、売り直す予定のないうちとしてもプラスの価値があまりない。素人手続きでよければ、ということで僕がDIYを引き受けることにした。
「おつかれさまでした」
納屋の解体工事が終わった。建物の中の不用品の撤去も、売主持ちで業者が引き受けてくれたので助かってしまった。こちらは東京のアパートを引き払って、荷物を千葉に運び込んだ。ご厚意で、契約前から倉庫として使ってよいことになっていたのだ。並行して、相続登記が進む。二次相続があってちょっと伸びそうだとか、ときどき進捗を教えていただいた。
最初に話が持ち上がったのが春先、当初3か月くらいの予定が、実際には5か月ほどの時間が過ぎて、季節はもう夏になっていた。なんとかDIYした登記書類と契約書類をまとめて、最後の打合せ日にご姉妹と署名と判子リレーをする。不備がないか確認して、封をして一緒に郵便ポストに投函した。
1週間ほどで法務局からの返信封筒が届き、無事、登記が完了。一区切りがついた。ご姉妹にもその旨を連絡して、コロナでなければ、おつかれさまでしたの打ち上げをしたかったですね、と話しつつ電話を終えた。
新築より空き家を活用
もし、自分の土地に倉庫を建てようと思ったら、プレハブでも坪10万円くらいかかる。30坪なら300万円。田舎だと、これが恐ろしいことに、土地付きでもっと安価に手に入ってしまう。つまり、次の不等式、とくにふたつ目の方が成り立っていて、納屋が必要なら近所で空き家を探した方が安いことになる。
もちろん、草刈り面積が増えたり、側溝のメンテナンスだったり、建物の維持管理の責任も負わなくてはならないから、むやみやたらとは引き受けられない。だけど、新築の必要があるくらいなら、近所の空き家をあたるのは全然ありだと思う。
今回、僕らは倉庫を建てる代わりに、空き家を手に入れた。さっさと壊して新しいのを建てるべきだ、と言う人が何人もいたけれど、それじゃあやはりもったいない。築100年の、見方によってはぼろぼろの建物だけど、だからこそ魅力的だ。譲り受けた以上は、うまく活用して、構い続けていきたい。
2軒目に続く。