〈編集者ノート〉『BEHIND THE MASK - 面 (おもて) の裏には、百句燦々。』クリス・モズデル(俳句)+ 大和田 良(写真) 羽良多平吉 (書容設計) / 熊谷朋哉(SLOGAN)
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この魅力的な日本語タイトルは、羽良多平吉によるものである。
どこまでも「日本的」とすら言えそうな湿度と幻視を保つクリス・モズデルの詩句と、どこまでもシャープでコントロールが効く大和田 良の写真というコラボレーション。大和田をクリスに推薦したのは当方であるが、当初、そのふたりの組み合わせは少し不思議で、微かにエギゾティックなものになるように思えたものである。
ともにその作品の質には何の文句もない。ふたりの強い個性ゆえか、世代ゆえか、もしくはイギリス人と日本人というバックグラウンドゆえか、はたまた単なる当方の思い込みだったのか、ふたりの出会いのエギゾティシズムをどのように書籍のかたちに収斂させるか、それが最初の課題だった。
クリスの詩句は元々英文で書かれている。それを大和田は受けて、合う写真、いや、普通の意味では「合わない」が「(書籍 / 作品としては)合う」かもしれない写真を過去のアーカイヴから探し、また、新たに撮影していった。そしてその写真と詩句の組み合わせを、さらにふたりは協議する。
よって、この書籍はクリスの詩句を単純に大和田がヴィジュアライズしたものではない。編集者としてはその構造だけは避けたかった。
あくまでふたりのカードの出し方は平等なものであるべきだ。
そして大和田はその任を堂々と果たしてくれた。
少し考えれば理解できる通り、このことは、そしてその出来上がりは、大和田の写真家としての自由さと力量を十分に示して余りある。クリスと私は、大和田の打ち返し方の適切さと余りの明晰さに、何度かふたりで舌を巻いた(ところで、英語には舌を巻くという表現はあるのだろうか?)。
そして当初予測したエギゾティシズムは、むしろエッジィな感触へと変わっていった。まだ経験したことのない感覚である。
さて、これらを、どのように、紙の上に成立させようか。
思い出されたのは、TOMATOのジョン・ワーウィッカーの『The Floating World: Ukiyo-e』である。日々のタイポグラフィの日記 / 習練のようなものだよと言いつつ、ジョンが何年間に亘って創り上げた浮き世 / The floating world の絵 / イメージ。自由なタイポグラフィによってその言語の枠を超えられ、ひとつの美しい書物世界を展開したあの仕事。
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われわれは、秘かなオマージュをジョンとあの書物に捧げることにした。
ジョンが、喜んで受け取ってくれるようなものでなくてはならない。 「浮世絵」をイメージしたイギリス人であるジョンへの、東京からの、もうひとりのイギリス人と日本人たちからの手紙。
われわれは、このような企図と熟考の末、この詩句と写真を羽良多平吉に託すことを決めた。
羽良多平吉? そもそもYellow Magic Orchestraの「Behind the Mask」のシングルを、その曲を収録したアルバム『SOLID STATE SURVIVER』をデザインしたのは羽良多であったではないか?
そう、YMOが、マイケル・ジャクソンが、エリック・クラプトンが採りあげた「Behind the Mask」。もちろん名曲であり、日本から世界的なプレゼンスを得た数少ないポップ・ソングのうちのひとつであり、そしてクリスはその作詞家である。
しかし実は、そのことは、それまで、われわれにはそこまで意識されていなかった。
今回の書籍の前書きにあるとおり、「Behind the Mask」という概念 / タイトルは、ヒット曲である前に、日本に来たクリスが獲得したひとつの眼差し - 日本という社会へのひとつのイメージであったからだ。
その眼差しとイメージを、改めて、羽良多平吉に預けてみる。
ここで、この書籍『BEHIND THE MASK』は、クリスの元々のコンセプトに、長い時間を経て、羽良多平吉が再び装いを与える物語ともなった。
こう書けば、この書物はそもそも羽良多にデザインされるのが必然であったようにも思われる。チャンス・オペレーション? さてどうか。
羽良多の装い / 書容設計は、ヴィジュアルのみならず、冒頭に記した通り、タイトルの日本語訳にまで及んだ。結果としてここに産まれたのは、40年以上ぶりの、羽良多が装った「Behind the Mask - 面(おもて)の裏」である。
果たしてそこにはどのような変化が、どのような不変が、そして、どのような未来が刻まれるのか。
その判断は読者の方々に委ねられるが、少なくとも羽良多のアート・ディレクションが、安易な「和」に収まるものでも、見慣れたモダン・デザインでもなく、一種の魔術の危うい香りを存分に備えていることは、書物の佇まいからも伝わると信じる。われわれは、羽良多からタイポグラフィが届く度に息を呑んだ。
羽良多の装ったクリス・モズデルと大和田 良による世界に、ひとりでも多くの方々に、ぜひ一度入り込んでみていただきたい。写真の強さはもちろんのこと、英語、日本語、ともに音読に耐えるはずである。
ここには、確かに、一瞬の詩情、一瞬のなかに世界の秘密を盗み見てしまった感触 - たぶん、俳句というアートフォームの持つ最良かつ最新の結果が刻まれている。俳句は、ひとつの言語に全く依存することのない表現である。私自身にとってもこれはひとつの学びであった。クリス・モズデルという人物の存在に感謝する。
これからの長い時を、この書物が生きることを。
熊谷朋哉(編集者 / SLOGAN)
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