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何故主人は助かったのか?

おはようございます。ナレーター・声優業をしていますともたんです。
今日は声の話ではなく主人の病気についてお話しようかと思いペンをとりました・・(とってないけど(;'∀'))

今回は声の仕事のお話ではなく主人の闘病生活でどのようにして生活してどのようにして今日まできたのか・・というおはなしをすこしずつさせていただきたく思ってます。

なので申し訳ないのですがこの闘病ノートだけは今後100円の有料設定にしていただきたく思います。
ごめんなさい。

声の仕事やお仕事の取り方?などについては今後も無償でお届けする予定なので安心してくだいね(#^.^#)💦

告知されたのは七年前の三月、
アフレコの仕事が入っていたその日の午前中でした。



一か月前に
夜中に突然
「背中が痛い!!背中にのってくれ背中にのってくれ!!!」
と主人が叫び、私はわけもわからず主人の背中にのって足踏み。
そのときは「腰痛??どこかでひねったの?」くらいにしか思ってなく無知な私はまだ楽観的でした。

そして次の日、病院嫌いの主人にしてはめずらしく
「内科行ってくる」
と言ってでかけ

「胃の薬が出た」
と言って帰ってきました。
「へー食べ過ぎかな?」
と私はそのとき答えたのですが、今まで胃なんて悪くなったことなかった主人が胃痛、そして便秘。そして車酔い。おかしいな・・とざわざわとした気持ちが出てきたのを覚えています。

そしてまた次の日主人が
「別の病院にいってくる」
と言い出しこれはただごとではないと思いました。

そのとき主人は関節リウマチもあり整形外科に通っていたのですがそこに行くと言って出ていきました。

胃が痛いのになんで整形外科にいくんだろ・・・
と私は思っていましたが今考えると主人はそのときすでに背中の痛みが半端じゃなかったようだったのです。

そして一時間後、突然整形外科から電話。
「奥さん、ご主人は日赤病院にタクシーでむかわせました。よろしくおねがいします」

は??????????
頭の中はハテナがいっぱい。
「あ、あのちょっとまってください。あのどうすればいいですか。
あのっ車に乗って主人はいった・・んですけども・・」
ともたんぷちパニック。

「運転させるのは危ないので車は病院においてます。奥さんはタクシーで日赤病院にむかってください」

日赤病院ってどこ?????????
おまけにタクシーってどうやって呼べばいいの?????←もうなにがなんだかわからなくなって心臓ばくばく。

その後のことはあんまり覚えてないんですがなんとかタクシーを探し病院へ。タクシーの運転手さんもただごとではない私の様子に
「救急入り口につけたほうがいい?」

救急入り口っっ!????????

ともたん半泣き
「わかりません・・どこにいけばいいのか・・」
どこで降りたかも今はもう忘れてますがなんとか病院に。

そのときの診断は「急性膵炎」
なんだーーよかったーーー

と無知な私は思ってたのです。
主人も「食べ過ぎかなーー」と笑って点滴を受けてました。

担当してくださった女医さんだけが暗い感じでどうしたんだろうと思ってました。あーーアホな私。

そのあと 何日かたって私だけ個室によばれ言われた言葉は

ドクター「おそらく膵臓癌です。腫瘍が圧迫してステントが入りません。
黄疸も・・ひどいです。」

「え?」黄疸って目が黄色くなるやつだよね・・
目黄色だったっけ・・・

ドクター「あの・・奥さん、私が言ってる意味わかりますか?」

ともたん「はい・・・」

ドクター「若いのにね・・」
と言われた時点で私は足ががくがくしてきました。
人生で足ががくがくしたのはこのときがはじめてです。

それってどういう意味。

「あの・・よ・・余命とか・・」

ドクター「余命は・・・このままでは1か月です」

はい????
世界の色が突然変わった日でした。


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