わかりやすさが最優先される文章の弊害と対策
こんにちは!友為です。
今回は「わかりやすさが最優先される文章の弊害と対策」というテーマでお話します。
情報が溢れる中、わかりにくい情報は埋もれ、わかりやすい情報が浮上している世の中になっているなぁと感じています。
YouTubeでもサムネイルで何が書いてあるか伝わるもの。
書評でも分かりやすく書かれているもの。
などなど。
本でも何かにつけて入門書があります。
ただ私は、わかりやすさが最優先されると人は成長しなくなると思っております。理由は考えなくなるからです。人はコンテンツの内容の整合性が取れると、分かったつもりになります。整合性とは、論理的に問題が無いことです。
例えば「雨が降ったから、地面が濡れている」という文章があったとします。雨が降ると濡れる現象が起きるため、整合性が取れている文章と言えます。この文章を読み、整合性が取れた途端、人はこれ以上内容を深く追求したり、疑問を持ったりしなくなるのです。この状態で「分かった」となり、考えが止まってしまうのです。
じゃあ、どうすれば「分かった」とならず、考えがより深く進むのでしょうか?それは、まずは5W1Hで考えてみるのが良いと思います。そして、具体的にイメージできるかを考えてみることがおすすめです。
例えば先ほどの例で言うと、
「いつ雨が降ったのか?」
「どのあたりで雨が降ったのか?」
「どのくらいの強さの雨だったのか?」
「雨が降った後は、どうだっのか?」
などいろいろ考え、イメージしてみることです。
このように日々考え、イメージしてみることが特に文章を読む上で大切かなぁと思います。