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1年間京都に住む予定が、2ヶ月で大分竹田に帰ってきた話
こんにちは、Tomoです。
今までの竹田移住のお話はちょっと一休みして、今回は今年の3月から5月までのお話を。
前回の記事の最後に書いたとおり、竹田での生活は3月下旬で一度ピリオドを打ちました。
理由は、僕の通う大学(APU)と京都の立命館大学が国内交換留学協定を結んでおり、前から興味のあった地理学を学ぶためでした。
関西出身ではないものの、過去に大阪に短期間住んでいたり、京都に定期的に行く時期があったりと、京都はある程度馴染みのある場所。
でも密かに一度は住んでみたいなと、小さな憧れでもあった場所。
期間は1年間。
暮らしの面でも、畑付きのシェアハウスでの暮らしだったので、「勉学」と「暮らし」の両方の実験ができそう!と楽しみにしていた
はずだった。。。
あれ、単位大丈夫?
それに気が付いたのは、京都での生活が始まって半月が経った頃。
久しぶりに感じた「キャンパスライフ」。
大分のAPUでの山の上のキャンパスライフとは違って、学生街のある雰囲気が新鮮。
でも思ったより授業が履修できず、これで単位数大丈夫か?と単位取得状況を確認。
すると、思った以上に取得していなかったAPUの専門科目単位。
※交換留学のシステム上、立命館で修得した単位はAPUの単位として認められるのですが、それはあくまで「教養科目」の単位として認定される可能性が高く、APUの「専門科目」の単位としては認められにくいケースが多い。
卒業が不可能というレベルでは無いものの、1年間京都に居続けると超ハードな大学4年生を送ることが容易に予想できた。(これは完全に自分の確認不足)
さらに実際京都に来てみると、「交換留学生」ということもあって
受講したかった地理学系の専門科目は受講不可だったことも判明。
(だからと言って、全く地理学の勉強ができない訳では無い)
正直なところ、大学の勉強よりも自分自身のライフスタイルについての方に時間を割きたい身としては、忙しくなり過ぎる学生生活はなるべく避けたい。
且つ、教養科目が主となってしまうのもどこか勿体無さを感じ、
春学期開始早々に、交換留学期間の短縮(1年→半年)を申請しました。
緊急事態宣言により、オンライン授業の開始
京都に移って久しぶりの対面授業、キャンパスライフも束の間。
特に関西ではコロナの状況が悪化してきたため、4月20日頃からオンライン授業主体に。(6月中旬現在でも継続中)
立命館の場合は状況を見ての判断だったので、「〜日まではオンライン継続」という方針の出し方だったのですが、これが延長を繰り返すことに。(緊急事態宣言の延長の仕方と同じ)
一部キャンパスで行われる授業もあり、たまにはキャンパスに通ってはいたものの、これでは京都にいる意味がどれほどあるのか。よく分からなくなってしまいました。
シェアハウスで起きた事件...?
さっき述べたように、京都でもシェアハウス生活をしていて、そのシェアハウスはなんと畑付きの物件でした。
大きな家が少ない京都では珍しい物件で、この庭は都会のオアシスのようでした。
しかし、そこで事件は起こる。
一軒家を4人でシェアしていたこの家。
構成は18~29歳の男3、女1。僕以外は社会人。
男女混合のシェアハウスというと、「テラスハウスだね」と思う人もいるでしょう。
が、そのテラスハウスの良くないバージョンが起こりました。
簡単に説明すると、
そのシェアハウスの女性の人が僕に好意を持っており、
その気持ちを伝えてもくれたのですが、彼女に対しその気はなく。
これがお互いに好意を持っているなら「幸せなシェアハウス生活♪」なんて言えるのかもしれませんが、同じ屋根の下、それも距離が近くなりがちな家だったので、精神的にも良いとは言えません。
時間が経てば慣れることもあったのでしょうが、どうしても自分の中では家に帰りたくないレベルで精神衛生が悪くなっていたので、早めの退去を決断しました。
結論:竹田が恋しい
京都の生活は確かに新鮮でした。
元々の関西に居る友達にも会いやすくて、色々なものが集まっており、人口2万人の竹田には無いことが沢山ありました。
京都の街は素敵だし、きっと同じような興味関心を持っている人たちも沢山居たはず。もっと色々なことを京都ですべきだったかもしれない。
でも自分の中には竹田で過ごした4ヶ月が、既に大きな存在になっていて、日本国内に居ながら初めてホームシックを感じたほどでした。
(竹田に帰りたすぎて、実は4月とGWの2度も竹田に帰っていたほど)
当時の状況から、「ここは自分の心に従おう」と思い、
5月17日に京都を出ることを決断し、
翌週5月23日には竹田に帰ってきてしまいました!
(竹田を旅立ったのが3月23日だったので、ちょうど2ヶ月で帰ってきました!)
(住民票も竹田に移したので、正式に竹田市民へ!)
※ただこの時にビックリする出来事もあったので、これはまた後日お話しします。
竹田生活第二弾の始まりへ
自分でもこんなに早く帰ってくるとは思わなかったのですが、竹田の人たちには
「やっぱり帰ってきたね」「早く戻ってくると思ってた」
なんて言われてて、今のところまた楽しく生活しています。
今もこれまでお世話になっていたシェアハウス「暮らす実験室Iki」にお世話になっています。詳しくはこちらへ→ https://iki-lab.net
このシェアハウスも、まだまだ住みたい需要が多いようで、今は新たに第二号をリノベーション中。僕もたまにこの作業に携わっています。
生後半年の赤ちゃんを背負いながら壁を壊す、オーナーのしほさん。強い。
今後もしばらくの間は竹田に居ようと考えていますが、
自分なりの生活や新たな実験をする段階でもあるのかなと、日々頭の中はグルグルしています。
「せっかく京都に行ったのに」
といった風に周りから言われたりもしますが、
今は帰ってきたかった。
ということです。
これからも竹田のいろんなお話をすると思います。
竹田、良い所です。是非遊びに来てください♪
〜ではまた〜