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イツカ キミハ イッタ ep.54

お昼前の11時頃だというのに、空港近くの空は仄暗く、時折り長方形の窓にピタッとアヒルの足跡みたいな雪が張り付いた。

12月1日の秋田空港。
予報どおりの大雪だった。
市内に向かう車中から眺める樹々は、枝も幹もペンキをかぶったかのように白く染まり、杉の木はどこもクリスマスツリーで見る真綿のような雪が降り積もっていた。

秋田駅から車で1時間ほどの男鹿半島に用事があったのだが、車窓から見上げる空と町との境がわからないほどの銀世界を、ただただ呆けたように見つめていると、車内はあたたかなのに、体の芯から冷えていく錯覚を覚えた。

「湿った雪だから、今夜の便は、無事に飛ぶでしょ」

男鹿まで来ておきながら、今日は日帰りなんです、とタクシーの運転手に告げると、一瞬「お気の毒に」とも受け取れるような視線をミラー越しに送ってから、慰めなのか、それとも、ただ地元の見立てを伝えたかったのか、そのどちらでもない独り言のような感想を漏らした。

「昨年は秋田駅前なんかも、すごい積雪でしたよね」

昨年も同じように秋田を行き来していた際に、何度かドカ雪の日に滞在したことがあったことを思い出して言った。

「今年は、雪の降り始めが遅いで。こんなに降ったの、この冬初めてで。都内は20度近くあったんでしょ?昨日まで」

「そうですね、今朝は急に冷えましたが、アレですか、温暖化」

そんな世間話を、お互いにあまり関心無さそうに話していたせいか、すぐに会話が途切れた。

「運転手さんも、やっぱ、雪の日の運転って、嫌なものですか」

話を替えるつもりが、また雪のネタを振ってしまい、僅かに後悔した。それも、この降り続く雪のせいだと思うようにした。

「休みの日だら、まず運転しねぇかな。俺は…。仕事の日でも、あんまし運転したくはないんだが…滑るでね」

「スタットレスでも?」

「あー、滑るときはすべる、すべる、ツツーッと」

「思わぬときに動かされると、焦るんだわ。特に、ここ、風が真横から吹くでしょ」

潟上の陸上風車群の沿線道路を走りながら、海の方を指さして言った。

「風で、クルマが動いちゃうって、すごいことですよね」

「冬の風は、特に厄介でよ。吹き溜りもできたりして、除雪車が出ない道は走れねぇの」

こんな雪だというのに、多くの車が結構なスピードで走っていた。

「で、お客さん、こんな視界悪い日に寒風山行くだって、珍しいの」

「だって、閉まっちゃうから。次に回転展望台に昇れるのって、来春3月になっちゃうって聞いて…。回転展望台って、全国で3つしかないうちの1つが、寒風山にあると知ったので」

子どもの頃、展望台といえばサンシャイン60に連れて行ってもらうのが好きだった。そして、回転するレストランと言えば、東京交通会館の回転展望レストランに、少しおめかしして行ったことを思い出す。
サンシャイン60展望台は今年10月にリニューアルのため営業終了。東京交通会館の回転展望レストランは一昨年55年間の歴史に幕を下ろした。

寒風山回転展望台に着き、4階まで階段で上がる。ドドッ、ガダーンという規則的な回転音を聴きながら、1回転13分の360度白い世界を眺めた。

お客さんは、自分だけ。
今は珍しい、回る展望台を、貸し切っている気がして、それだけで満足した。

雪がどんどん積もっていく。

降りられなくなる前に、ここを出なければ、と思う気持ちと、誰も居なくなったフロアで回転し続ける展望台が、少し可哀想な気がして、大きなガラスのはめられた窓の前の椅子から、なかなか立ち上がれなかった。

春、雪が溶けて白の世界から緑の世界に変わる頃、また来よう。
その時、また新しい気持ちで、この場所にいる自分を想像し、少し心が温かくなった。

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