夜において
僕はいま、夜にいる。
葉っぱが流れてばらばら夜の闇の中へ吸い込まれるのを見ていた。
黒い影絵みたいな鳥が、大きく羽を動かして夜空に向かって飛んでいる。
そっと耳を澄ませば、どこからか、かすかに女の声が聞こえてくる。
昔聞いたことがある声、話したことがあるような会話の中から。
どこまで歩くというのか、何よりもどこを歩いているのか、僕は知らない。
ただ、夜にいるということだけ、わかっている。
夜において、
僕は吹く風を感じ、流れる白い雲を見たあとに、懐かしい友人の姿が現れるのに気が付き、懐かしいと思う。
友人は何やら真剣に話しているようだが、何を話しているのかわからない。
友人はまだ幼い顔をしていた、昔、昔に会った顔のままだ。
ところで、
寂しいという気持ちを人はどれほど持っているだろうか。
寂しいとは一体何だろうか。女を想う気持ち、これが寂しいという気持ちだろうか。
であれば、僕はいま、女を想っている。
かすかに聞こえる女の声を聞いて、想っている。
友人に思いを寄せる懐かしさとは違う感情が血液に染み渡っている。
どこにも実体はなく、確かなものもないのに、僕は生きていると実感する。
心通わせることがあったとしても、すべてが思い出になりがら、今とは切り離されていく。
だから、せめて僕は優しくありたい。
最後に触れた、ざらついた、肌の感じ。
もう通い合うことのない人生や心。SNSとは違う、真の世界。
少しでも人の記憶や感情に残ることができるようにという狡賢い想いがあり、僕は人の記憶に残りたい。
だから、僕はまだ歩くつもりだ。
夜において、
もしもう一人の自分と出会ったなら、未来のことを話してくれるらしい。
良い未来、悪い未来、いずれもすべてフラットに話してくれるらしい。
月光が強烈に眩しく強くなり、風が強く吹き始める。
いよいよかもしれないと僕は思った。
木々が作り出す、影のゆらめく動きと強い風の動き。
僕は僕の前にそれらしく現れ、取り急ぎ、笑って見せている。
年齢はわからない。幼くも年老いても見えた。
そして、僕の知っているアイドルのことや今日初めて知った映画のこと、その結末、新聞記事に書かれていた小さな町の小さなできごとをさらっと話したあと、それから、少し間を置き、僕は白い歯を見せながら1つ、僕の未来について話し始めた。