がん治療に伴う口の症状への対処
がんを罹患された方が病気が発覚してから、治療・退院・療養を経て新しいライフスタイルを見つけるまで、上図のように移り変わります。ここでは、それぞれの状態で起こることや、罹患された方が感じていることについて、ご紹介して参ります。
(文:訪問看護経験者 カモミールナース)
がんの治療による副作用にはさまざまなものがありますが、そのなかでも口腔粘膜炎(こうくうねんまくえん)ーいわゆる口内炎ーや口腔乾燥といった症状は、化学療法で30~40%、放射線療法で頭部・頚部に照射した場合はほとんどの方におこるといわれ、多くの方が悩まされています。具体的にはどのような症状がおこり、どう対処すればいいのでしょうか。
なぜ口腔粘膜炎(こうくうねんまくえん)がおきるの?
口の中は、口腔粘膜と呼ばれる粘膜で覆われています。ここは、細胞分裂が盛んで血流も豊富なことから、抗がん剤の影響を受けやすくなっています。口腔粘膜炎をおこす原因としては、抗がん剤や放射線が直接影響して発症するものと、骨髄抑制(こつずいよくせい)や口の中の粘膜を保護している唾液が少なくなることで、二次的に発症するものがあります。
骨髄抑制とは、抗がん剤や放射線が血液を作っている骨髄(こつずいー骨の真ん中)にダメージを与え、血液の働きを抑えつけてしまう副作用です。これにより、血液のうち白血球が働かなくなると感染症をおこしやすくなり、赤血球が働かなくなると貧血に、血小板が働かなくなると出血しやすくなったり、血が止まりにくくなったりします。
抗がん剤や放射線治療は唾液を作る細胞にもダメージを与え、唾液が減少して口の中や舌が乾燥すると余計に傷つきやすくなり、炎症がひどくなったり、菌やウィルスが侵入しやすくなります。その他、歯磨きやうがいが十分にできていなかったり、喫煙、入れ歯の不適合で粘膜を傷つけてしまうことなども原因となります。
どんな症状があるの?
初期段階では、口の中の渇きによるザラザラした感じやネバネバした不快感、喉の違和感が現れます。中等度になると、痛みが出てきます。口の中を確認してみると、赤くなったり腫れたり、アフタといわれる赤く縁取られた丸くて白い潰瘍(かいよう)ができ、食べ物を噛んだり飲み込んだりすることがつらくなります。味覚障害を伴うことも多く、こういったことが食欲低下につながり、食事が十分にとれず栄養状態が悪くなると、さらに症状が悪化するという悪循環に陥ってしまいます。重度になると出血がみられることもあり、痛みのため、水を飲むことや口を開けることすらつらくなる場合があります。骨髄抑制などにより免疫力が低下している状態では、カビの一種であるカンジダ菌や、ヘルペスウイルスによる口腔内の感染をおこすことがあります。感染が全身に及ぶと、敗血症など命にかかわる状態になることもあるので、重症になる前に治療する必要がでてきます。
口腔粘膜炎は、唇の裏側・口角(口の両脇)から頬の内側・舌の横側など、口の中でもよく動くところにおこりやすくなっています。口腔カンジダでは白苔(はくたい)といわれる白い汚れが舌や上あごに付着し、拭きとると赤くつるんとしてヒリヒリした痛みを伴うことがあります。がんの治療中は、日ごろから気を付けて口の中を観察するようにしましょう。
いつまで症状が続くの?
・抗がん剤治療の場合
抗がん剤投与開始後3~5日経つと最初の症状が出始めます。口の中が腫れぼったくなり、ピリピリした感じがします。7 ~12日経つと粘膜が赤くなり、その一部がはがれて潰瘍(かいよう)ができます。この時期が症状のピークで一番つらい時期になります。ピークを過ぎると約1週間で粘膜が再生し、元どおりの粘膜に戻ります。副作用の出る期間は約 2 週間ですが、抗がん剤治療は2、3 週おきに繰り返し行われることが多く、そのたびに症状が出る可能性があります。
・放射線治療の場合
放射線は6~7週間かけて照射します。症状は、治療開始後2週間ごろから始まり、治療終了後1~2か月で元の状態に戻りますが、治療期間が長いため、2~3か月間症状が持続することになります。抗がん剤を併用した場合は、より回復に時間がかかる場合もあります。
症状が強くなれば、飲み込む時にも痛みがあったり、痛みで話せなくなることもあるかもしれません。そんな時は我慢せず、早めに主治医や看護師に相談しましょう。
口のケアはどうすればいい?
抗がん剤や放射線による口腔粘膜炎を完全に防ぐことはできませんが、適切なケアにより、痛みや不快な症状和らげたり、重症化を予防することは可能です。基本のケアとしては、口の中をよく観察したうえで、以下の3点が重要になってきます。
・口の中を清潔に保つ
・口の中を保湿する
・痛み止めを使う
また、治療開始前に歯科を受診し、虫歯などがあれば治療しておいたり、専門的なクリーニングをしてもらっておくと安心です。その際に、がん治療を受けることを伝え、正しい口腔ケアの指導を受けておくことをおすすめします。喫煙されている方は、禁煙することも大切です。
具体的には、どのようにケアをすればよいのでしょうか。
①口の中の清潔を保つ
まず、うがいと歯磨きが基本となります。治療開始後は、痛みや吐き気のため、いつも通りの歯磨きができなくなることも多く、少し工夫が必要になります。食べられない時ほど口の中に菌が繁殖しやすく、嘔吐(おうと)した場合、強い酸性の胃酸が混じった吐物は口の中にダメージを与えます。吐き気や痛みがあるときも、無理のない範囲でこまめにうがいをしましょう。うがいは「ガラガラうがい」ではなく、「ブクブクうがい」で口の中全体をすすぐようにします。うがいがしみるようなら、体液と同じ塩分濃度の「生理食塩水」や、処方されたうがい薬を使用しましょう。生理食塩水は、0.9%の塩水と同等です。溶かす水は水道水で構いませんが、1日で使い切りましょう。500mlのペットボトルに小さじ1弱(4.5g)の配分で作ると、使い切りやすいでしょう。歯磨きは食後にこだわらず、吐き気がおさまった時を見計らって行いましょう。歯ブラシはヘッドが小さく、毛はナイロン製か豚毛の軟らかいものを選びましょう。子供用の歯ブラシが使いやすい場合もあります。歯磨き粉が刺激になったり、嘔吐を誘発することもあります。できるだけ低刺激のものがよいのですが、使用しなくてもブラッシングでほとんどの汚れは落ちます。
②口の中を保湿する
治療を開始してしばらくすると、口腔粘膜炎の初期症状として口腔乾燥がおこります。こまめにうがいをしたり、氷片を口に含んだりして乾燥を防ぎ、保湿剤を塗るようにしましょう。保湿剤は市販のものもありますが、病院でも処方してもらえます。ジェルタイプのものが多くスポンジブラシなどで塗りますが、スプレータイプのものや、口腔内の水分を吸収してゲル状の保護膜を形成し、痛みを軽減する保護剤も保険適応となっています。グリセリン水(水500mlにグリセリン60ml)も保湿効果があります。小さじ2杯程度を含み、口の中に行きわたらせてから吐き出します。乾燥する季節は、マスクをしたり、加湿器をつけることをおすすめします。
③痛み止めを使う
口腔粘膜炎の症状がピークになると、歯磨きどころか、唾を飲むことすらつらくなる場合があります。痛みを我慢することは身体にも心にもよくありません。痛い時はすぐに医師に相談し、痛み止めを処方してもらいましょう。受診日まで待てない場合もあるので、症状が出る前に処方してもらっておくと安心です。通常の飲み薬のほか、うがい薬に局所麻酔薬を混ぜる方法もあります。痛みが強い場合は医療用麻薬※が処方されることもあります。痛みのために口腔ケアができなくなると、最悪の場合全身性の感染症をひき起こしたり、食べられないことで栄養不良となり、治療が継続できなくなるおそれがあります。痛み止めだけでなく、薬には副作用がつきものですが、副作用よりも使用するメリットのほうが断然大きいので、我慢せず使用してください。ただし、痛み止めは必ず指導されたとおりに使用するようにしましょう。
痛くて食べられない時は?
口腔粘膜炎の痛みが強い時期は、食べ方にも工夫が必要です。おそらく無意識に口にしたくなくなると思いますが、熱いもの、酸味や塩味の強いもの、辛いもの、アルコール類など刺激の強いものは避けましょう。ご自身の嗜好に合わせて、食べやすく、できるだけカロリー補給ができるものを選びましょう。
・水分が多く、軟らかくて口当たりのよい食品
ゼリー・プリン・おかゆ・豆腐・ジュース類(炭酸、柑橘系は避ける)・市販の栄養補助食品・少量でも高エネルギーのアイスクリームやケーキ(和菓子もおすすめです。)・豆類、卵、チーズを使用しているもの(タンパク質が補給できます。)
・調理の工夫
よく煮込んで軟らかくする・裏ごしする(ミキサーを使用すると手間が省けます)・とろみをつける・小さく刻む・料理にオリーブオイルやえごま油などをかける(刺激が和らぐだけでなくカロリー補給もできます。)・少し冷ます
症状がひどくてどうしても食べられないときは、点滴をしたり、まれではありますが、鼻からチューブを入れて栄養を補給する方法もあります。病院で定期的に行う血液検査などでも栄養状態はチェックできますが、食べられない日が続いたり、特に水分がとれないときは脱水をおこす危険があります。ご自宅でも体重を測って受診時に報告し、点滴などの処置が必要かどうか医師に相談しましょう。
がん治療に伴う副作用のなかでも特につらいといわれる口のトラブルですが、適切なケアを行うことで少しでも症状が和らぐことを願います。
Tomopiiaではこういった方々をサポートしていきたいと考えています!
1人で抱え込まずにいて下さればと思います
筆者ご紹介 カモミールナースさん
合計臨床経験26年 総合病院混合内科で7年、在宅分野は介護予防事業む含め20年目。訪問看護では、慢性疾患ケア全般、終末期ケアをはじめ難病や小児ケアにも携わる。カモミールには炎症を抑えたり、気持ちを安定させるなどの薬効がある、古くから薬草としても利用されています。花言葉は「逆境に耐える」「苦難の中の力」「親交」。逆境や苦難の中でこそ生まれてくる力を発揮できるよう、周りを支えられる存在になれればと日々奮闘中!