連載⑤“あのとき“言葉があった ー「話が弾む人」は「話したいことを共有できる人」ー
以前、会社勤めをしていたときの話です。商品開発の会議で「商品にもっと提案性が必要」と私が言ったときに「提案性? そんな言葉を初めて聞きました。辞書に載っていますか?」という人がいてそこで会議の流れは止まりました。「提案性」という言葉が伝わらなかったのです。
そこで私は「~性」という言葉には「物事の性質・可能性」という意味があるので、「その商品がユーザーに何らかの提案をする可能性」という意味で使ったと説明しました。実際に「提案性」という言葉自体が辞書に載っていなかったかは定かではありませんでしたが、「辞書にない」ということでその言葉はいったん受け入れてもらえませんでした。使った意図や伝えたい内容を言い換えることでそこから会議は再び流れはじめました。
このエピソードでお伝えしたいのは「提案性」という言葉の定義ではありません。同じ言葉を使っていてもその言葉自体のとらえ方というのは人ぞれぞれであるということです。コミュニケーションをとっていても「なぜ伝わらないのだろう」と感じるときがあります。
考えられる理由の一つ目はこのエピソードのように言葉の定義が一致していない場合。「なんとなく話がかみ合わない」なんてときに起こりがちではないかと思います。モノの名前や地名、時間、日付などは具体的で共有しやすいですが、抽象度の高い言葉は使う側の意図が相手に伝わっていない可能性があります。くだんの「提案性」の「~性」っていうのも抽象度の高い言葉だったのだと思います。そういうときは、その言葉を使った状況や状態、感情を添えて違う言葉に言い換えるなどして、伝えたいことを共有する努力が必要なのでしょう。「言い換えること」は伝えたいことの中心をお互いに絞っていく作業とも言えます。そうやって「その言葉を使うとき」が一度共有できるとそれは「共通言語」となって次回はお互いの理解はしやすくなると思います。
二つ目の理由として「未来を語るか、今を語るか、過去を語るか」の違いがあるのではないかと感じます。コミュニケーションにも現在、過去、未来があります。当然、会話をするときコミュニケーションをとっているのは「現在」なのですが、話し手の視点が「過去に向いているか」「現在に向いているか」「未来に向いているか」によっても話がかみ合わないことがあります。
たとえば「食事をどのお店に食べに行こうか」という話をしているときにAさんは「〇△は値段の割においしくなかった」と過去の経験を話し、Bさんは「△△に行きたいが今日は予約していないから次回にしよう」と今どうするかの話を現実的にし、Cさんは「×△は今度何かのお祝いのときに食べに行こう」のように未来に向かっての話をしたとすると、この三人の話は弾みにくいでしょう。
人には「経験主義・懐古主義」タイプ、「現実派」タイプ、「未来志向」タイプの人がいるのかなと思うときがあります。60歳を超えて私が思うには、年齢が高くなるほど「現実派」タイプ、「経験主義」「懐古主義」タイプの人が増えるような気がします。なので「未来志向」の人だと「同窓会は昔話ばかりであまり好きじゃない」と言うのもわかる気はします。
ただ、仕事などでコミュニケーションをとる必要がある場合、自分のタイプを知るのと同様に相手の傾向をつかんでおくことはストレスをためないためにも有効だと思います。相手の傾向をつかんでいると、自分とは違うタイプの人がいても「この人は過去の経験からものを言う人」とか「この人は現実的な意見を言う人」とか「この人は理想をまず掲げてそれに対して意見を言う人」と冷静に話を聞くことができます。
とくにコミュニケーションによって何か合意を得ようとするときは「現在の話をしたいのか」「過去の話をしたいのか」「未来の話をしたいのか」を相手と共有しておかないと延々と話がかみ合わないままになることがあります。
そもそも会話って、しゃべりながら頭の中ではもう次の言葉を探していませんか。「自分の話す内容の先にはきっとこんな反応がされて、それに対して自分はこんな展開で話をしよう」と無意識のうちに頭の中では考えています。そしてほぼそのとおりに話が進むと、会話の内容はどんどん発展します。
または自分が思っていなかったような反応でも、それが思っていたよりもおもしろい反応があれば、そこから刺激を受けてまた次の話の展開を頭の中では考え始めます。こうなると話は「弾み」ますね。話したいことが相手によって引き出されていくという感覚になると思います。
ところが、自分の話の展開とは意図しない反応が返ってくるとか、こちらが話したい内容をくみ取ってくれない相手だと話の展開を考える楽しみがありません。つまり話が弾まない人とは話したいことが一致していないということです。
しかし、状況によっては話が弾まない相手と話さなければならないこともあります。そのときは「相手が話したいことは何か」を考えながらそちらに話の方向をもっていくことでしょう。
ちなみに最初のエピソードでは会議が終わった後に「松井さんの言っていた『提案性』って言葉、私はストンと腑に落ちました」と言ってくれた人がいました。商品に対する考え方が一致して「共通言語」になっていたのだと思います。
プロフィール
●松井貴彦(まついたかひこ):Tomopiiaアドバイザー。国家資格キャリアコンサルタント。同志社大学文学部心理学専攻(現心理学部)卒。リクルート、メディカ出版、会社経営を経て「ライフキャリアコンサルタント」としてナースを主とした医療従事者、シニア世代のビジネスマンのキャリアコンサルティング、研修、カウンセリングを行う。また大学講師として「キャリアガイダンス」「経営学」「社会学」の教壇に立つ。著書に「家で死ねる幸せ」(どうき出版)「正しい社内の歩き方」(ベストセラーズ)「よくわかる部下取扱説明書」(文香社)など。