第12章「あの日いた場所」
卒業式当日、式も無事に終わり、
「今日で最後だね。なんだか、美術部が一番楽しかったな」とユイがアスカに伝えた。
「そうだね」とアスカとユイは二人で最後の整理をしに美術室に来ていた。
そこへヨシキが急いだ様子でやって来て、美術室のドアを開けるなり、
「アスカ、先生が呼んでるぜ」とアスカを職員室に向かわせた。
「最後は、あんたと二人か」とユイが片付けながらヨシキに呟いた。
「俺は悪くないよ、ユイと最後に後片付けできて」とヨシキは笑った。
「それもそうね」とユイはヨシキの目を見て笑った。
アスカが、職員室に向かうと先生は電話の受話器と連絡先のメモをアスカに渡した。
「はい、もしもし」向こうから、カタコトの日本語で、
「私は、あなたの絵を見ました。あれは、太古の火星ですか?」と聞いてきた。
「あれは、過去か、未来の地球です。あなたは、誰ですか?」とアスカは聞き返した。
「すいません、私は、チャールズ・ドーキンス、宇宙生物学を研究しています。水があった時の火星と、生物が存在していたら、こうなっていたかもしれないと、あなたの絵を見た時にそう思いました。緻密に計算されていて、とても愛おしく感じ、どうしても直接あなたに伝えたいと思い連絡しました。伝えることが出来て本当に良かった。私の連絡先は先生に伝えています。あなたが良ければ、また連絡下さい」と話され電話を切った。
「アスカさん、すごいはね、たまたま、日本に来てあなたの作品を見たんですって、惜しくも受賞はされなかったけど、心に響く作品をあなたが、表現していると思うと先生はとても誇らしく思うわ」と先生はアスカに伝えた。
横の机で一部始終を聞いていた理科の先生が、「チャールズ・ドーキンスがアスカ君に電話してきたのか?」と驚いた表情で問いかけて来た。
「はい」とアスカが答えると、理科の先生は、興奮した様子で、「チャールズ・ドーキンスと言えば、宇宙生物学者の権威で、パンスペルミア説を研究している人で、これは、宇宙から、微生物が地球に飛来したことで人類が生まれたと言う説で、日本も関係しているタンポポ計画にも携わっている人物です」と話した。
それを聞いて、アスカはサンド博士とアーノルドを思い出したと同時に大学の研究室の水槽を思い出した。
「先生、私、あの時から大学の水槽を借りっぱなしになってました。すぐに行ってお礼を伝えてきます。怒られるでしょうか」とアスカは、忘れていた記憶が鮮明に思い出された。理科の先生は、「大丈夫、誠意を持ってお礼を伝えれば、分かってくれるよ」と言ってアスカを安心させた。
すぐさま、自転車に乗り、立ち漕ぎで、大学へと続く緩やかな坂を登った。
息を整え、そっと、大学の研究室を覗き込み事情を伝えると、あの水槽まだあるよと案内された。そこには、ブルーシートが覆われていて、当時のままの状態で佇んでいた。アスカは、心の中で良かった。と深呼吸してそっとシートをめくった。中には、あの岩があり、スイッチを止めてアスカは水槽の中に手を入れて、その岩を持ち上げた、よく見ると、岩にひびが入りその隙間からサンド博士とアーノルドが完成させたであろうカプセルが見えていた。そこに彫られていた紋章に見覚えがある。サーセットの扉を入る時に刻まれていたNとAがくっついたような紋章。
「やっぱり、私は、あの時あそこにいたんだ。サンド博士、アーノルドさんあの後、無事に発射出来たんだね」とその岩を抱きしめた。
アスカは、研究員の人に「一年以上もありがとう御座いました」と伝えた。
「むしろ、お礼を言うのはこっちだよ、旧型を教授から使うように言われて、そのままにしていたから、今年の四月で旧型ともさよならさ」と話しタオルを差し出してきた。気づくとビショビショの岩を抱きしめたせいかブレザーが濡れていた。慌てふためき、岩を大事にバックに入れて自宅に帰った。
アスカの両親はまだ、卒業式から家に帰っていなかった。
アスカは、家に着くなり、バックから岩を取り出し、その岩を拭きながら整理した。
私の作品は火星の絵を表現していたのだろうか、特に三山と狭谷が美しく表現されていると話されていた。もしあの場所が、本当に火星だとしたら。
アスカは、まだ、学校から帰ってきていないヤヒコの部屋に入った。その部屋は相変わらず、宇宙グッズに溢れていた。そこから、火星の図鑑を手にとり、ゆっくりめくった。そのめくる手を止めたページにアスカは息を飲んだ。
横断シャトルに沿って出来たマンネリウス狭谷、そして、左上には、チャールズ・ドーキンス博士が美しいと表現してくれた、タルシス山地が並んでいた。フォーチュナ地溝帯にワイズマン博士の重力制御装置があり、サーセットの本部、サンド博士の研究室は、オギギス・ルベスと名付けられている。アスカはそこから、マンネリス狭溝を横切り、タルシストルスに到着して、横断シャトルの爆発を見たのだ。アスカが見たオリンポス火山は雲の遥か先まで高く雄大でそびえ立っていたのを覚えている。
図鑑には、太古の火星の海が紹介されていて、アスカが作品として描いた星とよく似たイメージ図が載せられていた。説明書きには、火星の核が冷え地場が消失し水分や大気が太陽風にさらされて失われてしまったことも水が消えた理由のひとつと考えられている。火星の大気は九十五%が二酸化炭素であり、酸化鉄に覆われて赤く見える。さらに、火星の衛星は、二つあり、ファボスとダイモスと書かれていた。
ふと、ヤヒコの机を見ると、スクラップされてファイルに閉じられた新聞がはみ出ていた。引っ張って見ると、二つの記事が出てきた。2021年から2028年、火星の土壌から生命の痕跡を探す米航空宇宙局(NASA)の探査車パーサビアランス、かつて湖があったとされるクレーター内側で探査した結果、生命の痕跡に近づく発見があったと書いてあった。そして、2024年から始まり2029年に無事に成功したMMX計画のことが書かれていた。それによると、ファボスの成分は、火星の表面の砂煙が舞い上がりファボスに取り込まれた可能性があることを示唆することが記事に書いてあった。
「そうすると、私が帰るきっかけになった重力波の説明がつかなくなる」とアスカはヨシキの話しを思い出した。
ボレアリス衝突ぐらいの衝撃って何があるんだろう。とアスカは、火星の図鑑を丁寧に戻して、ヤヒコの部屋を出た。
自分の部屋に荷物を置いて、ベットに横になると、ピピピピ・・・と音が机の引き出しから鳴った。取り出して見ると、あの時からしまい込んでいたリングから音が出ていた。リングを岩に近づけると、音が止まりホログラムでサンド博士が現れた。「アスカさん、これを見ているということは、小型ロケットが隣の天体に届いてるということね。そして、あなたの時代までこのカプセルが存在しているなんて、凄い奇跡だわ。あなたのDNAを調べた時にはじめて分かったの、あなたは、私達が選んだ二重螺旋構造を持っていて、また、四つの塩基を持っていること、そして、シミュレーションによるペテルギウスの超新星爆発が四十六億年後に起きること、それまでの間、私達の生きた証が残っていることを教えられた。アーノルドに伝えようとしたけど、ゼノスのディープラーニング終了と重なり伝えることが出来なかった。アスカさん、私達の分までしっかりと生きるのよ」と言ってホログラムは消えてリングは割れた。
両手でリングを手に取り、火星の過ごした時間を思い返した。四十六億年前の天体の衝突と思い、もう一度、ヤヒコの部屋に行き、次は、地球の図鑑を手に取りページを開いた。四十六億年前それは起きていた。
「地球と月の衝突、ジャイアントインパクト、私は、地球と月に救われたんだ」とアスカは呟いた。地球の図鑑を素早く戻して岩をバックにしまい込んで肩に担いだ。ガチャと玄関から音がして、両親が帰ってきた。「私、分かった。火星に行ってたんだ、神社に行ってくるね」と両親に伝えた。
マコトがすれ違いざまに「アスカ、ヨシキ君とユイさんが美術室で待ってると言ってたぞ!」と伝え、アスカは、「分かった!」と言って、自転車に跨った。
マコトがフミカを見て「どうしたんだ、アスカは、卒業式でテンションも変になってしまったのか」と伝えると、フミカは「いつものことですよ」と伝え直した。
自転車を漕ぎながらアスカは、この岩は昔、海底にあったけど、プレートテクトニクスの地殻変動で、押し上げられて、神聖な場所に保管されていたんだ。元の場所に返さないと、そう思った。