最初の一ヶ月 ~ 虎の尾を踏むな
海外赴任後最初の一ヶ月間は、猛烈に学習をしなければなりません。その一つに、その会社、職場の持つ文化を理解することが挙げられます。、
マイケル・ワトキンス著「The First 90 Days」(日本語版 村井章子訳)が最適な教科書ですが、彼の分類によれば、文化には「職業文化」、「地域文化」、「組織文化」の三つの側面があるそうです。情報部門で海外赴任した私を含めた皆さんにとっての課題は、このうち「地域文化」と「組織文化」の日本との違いをしっかり肌で感じ、きっちり頭に叩きこむことです。外国で働くのですから、これまので常識が常識でなかったり、日本には無い常識がその国や地方では常識であったりします。これにより善悪の判断まで丸っきり違ったりしますので、「地域文化」の差異を意識することが重要です。その土着の「地域文化」と「日本企業文化」が入り混じったスープを滋養にして、組織の人々のもつ価値観によって花開いた固有の「職場文化」がどんな味わいを持つのかを感じ、理解することが最初の大仕事になります。マイケル・ワトキンスは、この文化を理解するためには、次の三つの要素に注目すべき、と記しております。
一、象徴 職場の連帯感を高めたり、メンバー間の意識を高める何か象徴的なものが存在するかどうか。
二、規範 「正しい行動」を促す何らかの社会的なルール。どんな行動が奨励され、どんな行動は批判され嘲笑されるか。
三、価値観 はっきり表面には現れないが、組織全体に浸透し人間関係の基本になっている考え方。組織のメンバーにとって、そうした価値観は空気のようなものである。新しい職場ではどんなことが「当然」と受け止められているか。
彼は、こう前置きした上で次のように結論しています。
『新任リーダーにとっていちばん重要なのは、権力の所在と価値観である。正規の権限を持って決定を下すのは誰で、陰の実力者は誰だろう。また、褒められるのはどんな行動で、非難されるのはどんな行動だろう。』
この一文には大きく共感させられます。最初の一ヶ月間は、文化の違いと権力の所在(特に陰の実力者の所在)を、鳥のような眼で会社全体を空高くから見渡しつつ、犬のように鋭い嗅覚で地面を這いまわり嗅ぎだすことが重要です。別章の「違和感メモ」でも述べましたが、この時点ではすべて違いを違和感として記憶、記録することに努めてください。つい、「ここは間違っている」と判断し、あなたが責任者の場合は即刻それを改めたくなる気持ちがふつふつと沸き出るでしょうが、最初の一ヶ月間は、それらの感情をすべて飲み込んで、前任者のやり方、組織のこれまで行なってきた常識的な価値観や行動様式に従って行動することを私はお勧めします。
ここで重要なことは、
決して虎の尾を踏むな
ということです。あなたが最終的に対峙(退治?)しなければならないのは大きな虎かもしれませんが、それは虎の存在、頭数と生息場所、行動様式をきちんと把握し、的確な戦略とそれを支援する仲間と必要な武器を手にした状況になって初めて実行可能となるのです。赴任後すぐに、これまでの経験と常識に基づき、直感につき動かされて行動を起こすことは、落下傘で未知のジャングルに降り立ち、出会った小動物達に次々と発砲するようなものです。ジャングル中に「敵の襲来」を印象付けるだけでなく、それら小動物のうちの一頭が、大ボスに率いられた大群の仲間であった場合には、あなたはあっという間にその大群に踏み潰されてしまうでしょう。
陰の実力者を理解することはとても重要です。日本の会社の海外現地法人の場合、どちらが会社のトップであろうと、日本人出向者間の縦糸と、現地メンバー間の横糸が絡まりあって一つの組織を成しています。ガラス細工のように繊細な権力の二重構造を巧みなバランス感覚で操ることによって海外会社は効率良く運営されているのです。日本人が社長の場合であっても、実際のオペレーションを牛耳り、ローカルメンバーの求心力を束ねている陰の実力者が必ずいるはずです。その存在をいち早く察知することが重要です。その人こそが、その会社の「大虎」です。あなたがその会社で「大虎」よりも職位が低い、もしくは同等の場合、短期的戦略としては「大虎」とは決して争いを起こさないことが肝要です。「大虎」の思考と行動様式、群れの大きさをしっかりと観察してください。また、その「大虎」と気脈を通じた「中虎」や「小虎」がどのように組織全体に分布しているか、特に自分の職場での「生息状況」については、嗅覚を研ぎ澄ませて掌握してください。
最終的には、この「大虎」を風土改革の御旗の下で群れ共々退治するか、がっちり巻き込んで大いに連携するか、触らぬ神に祟りなしで暮らしていくかは、ケースバイケースですが、いずれの場合においても、出だしで虎の尾を踏むことだけは絶対に避けてください。
緒戦から意識的に戦いを仕掛けたり、挑発的なポーズを取ったあなたは、自らを正義と改革に燃える勇猛な戦士と思うかもしれませんが、嘲笑をたたえた周囲の目は、あなたを滑稽なドンキホーテとしか見ていないでしょう。
【追伸】
私はこれまで二度「大虎」の尾を踏み、一度は本当に喰い殺されそうになりました。
今こうやって穏やかに手記が書ける幸せをかみしめております。
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