「封印」 第一章 原初 第一部 伝説
第一章 原初
第一部 伝説
暗黒の中で、ゲルドは剣を引き抜いた。耳をつんざくような慟哭と血を凍てつかせる寒気。黒いしぶきを上げ、邪悪は倒れた。
白む東の空の光を映える刃の、一筋の銀光を最後に、森に潜む邪悪との戦いは終わった。
腐敗した木々の闇の底に沈んでいく仲間の戦士達の死体と、村人達の残骸を乗り越え、ゲルドは少女の手を取った。
「立てるか? リン」
立ち上がる少女の後ろに、満身創痍の戦士達は続く。神殿の扉を押し続ける邪悪の影。
神殿の、鋼の扉はすでに朽ち果てていた。
隙間から、邪悪が滑り出た。ゲルドが剣を振り上げるよりも速く、戦士の一人が、ゲルドを押しのけ、その邪悪の前に飛び込むや、自らの喉をかっ斬った。無数の邪悪が、闇にこぼれ落ちる血を貪ろうとその血に殺到した。
朝日が登った。
「扉を!」
リンの声に、生き残った全ての男達が、新たな、鋼ではなく聖銀の扉を神殿に立てる。その扉の錠に、少女は、呪詛を唱えながら、己の額に、銀の短剣を押し当てた。
揺れる扉を抑える男達。扉に、切り刻まれた神木と生贄の血、そして油を敷く女達。その背後に、焔をかざす人間達。扉も、人も、邪悪も、少女も、震えた。
燃え上がる焔と、戦士達の歌声と、邪悪の悲鳴。短剣と振り下ろすと同時に、揺れる焔を通して、少女の深緑の瞳が、ゲルドを貫いた。
「リン!」
焔、銀、血、朝日、そして心臓。扉は燃え、そして溶解するように、封印された。
「…リン」
生き残った人間達は、そこに残る、燃え残った光と闇の残骸を前に、ただ膝をつき、頭を垂れた。
少女の悲鳴が上がるまでは。
「なんてことを!」
少女は生きていた。ゲルドの手が、短剣が少女の心臓を貫く前に止めていた。
リンはゲルドの頬を殴った。そして、封印された扉にすがりつくように、崩れ落ちた。
「すまない…」
声にならない悲鳴を上げ、リンはゲルドが止めるまで、胸をかきむしった。
「もう遅い。分かってるだろ」
「封印は…未完成…」
生き残った人間達は、絶句した。ゲルドは額をリンの額に載せた。
「生きていて欲しかったんだ…」
邪悪を封じ込めるための武器、神殿や扉を作るのに使った聖銀はもう、手に入らない。生贄を揃え、国中にはびこる邪悪や銀を独占する人間達と戦い、神殿を築き、邪悪を追い詰めるまでに、想像を絶する年月と生命が費やされた。
「封印が解けたら…」
「解かせない。俺達が、ここを守るんだ…」
リンはゲルドを突き放した。封印を解いて、もう一度やり直すことはできない。
ゲルドは立ち上がった。リンはゲルドを見た。その背後に、腐った森と山の麓から広がる、灰色の世界。人間達に、選択肢はなかった。
「封印」 第一章 原初 第二部 遺跡:https://note.com/tomonogi/n/n6eac005dfb31
「封印」 第一章 原初 第三部 邪悪:
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「封印」 第二章 要請:
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「封印」 第三章 調査:
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「封印」 第四章 感染
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「封印」 第五章 禍根
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「封印」 第六章 増殖
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「封印」 第八章 命令
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「封印」 第九章 反乱
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「封印」 第十章 浸透
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「封印」 第十一章 変異
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「封印」 第十二章 証言
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「封印」 第十三章 軍船
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「封印」 第十四章 氾濫
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「封印」 第十五章 遭遇
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「封印」 第十六章 災厄
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「封印」 第十七章 激痛
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「封印」 第十八章 警察
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「封印」 第十九章 任務
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「封印」 第二十章 一緒
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「封印」 第二十一章 烈火
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「封印」 第二十二章 劣化
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「封印」 第二十三章 腐敗
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「封印」 第二十四章 根拠
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「封印」 第二十五章 解放
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「封印」 第二十六章 焼却
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「封印」 第二十七章 無実 (終章)
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