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「封印」 第二十二章 劣化




 じいちゃんの猫が死んだ。死ぬ前に、じいちゃんは電話してくれた。
「ブバがさ、もうすぐ死にそうなんだよ。お別れを言いに来てやってくれよ」
 電話のじいちゃんの声には元気がなかった。
階段で座るブバも元気がなかった。
「もう歳を取ってるからね。膵臓が悪いみたいだよ。ご飯も食べられない」
 じいちゃんはブバの背をそっと撫でた。ブバは動かず、苦しそうでもなかった。何かを待っているように思えた。
「でも、ちゃんとお別れを言ってあげた方が良いと思ってさ」
 じいちゃんは悲しそうだった。
「しょうがないんだよ」
 そういうじいちゃんの声は、少し震えていた。涙を抑えていたからかもしれない。大人の男はそういうもんだと、どこか納得した。
 でも、悲しんでいるじいちゃんを見て、もっと悲しくなった。
 こんなことがもうないといいのになと、思った。
 それを思い出す時、胸を、温かい何かが包んでくれた。今も。

 扉が開くと同時に、ヴァサルは目を開けた。秘書が息を切らしながら、それでも冷静になろうと、扉をゆっくりと閉めた。
「公安は南耀に到達。空港でエサーグと交戦中です」
「増援、いくらでも出していいから、公安より先にライリーに辿り着けるようにしろ」
「良いのですか?」
「良い。どのみち排除する連中だ」

 イウェンの自動小銃の弾倉が抜け落ちた。「これ以上殺すな」
 イウェンの目線がアンサングを貫いた。イウェンがリボルバーを抜く間、子供達と女達が並べられた。
「止めてください!」
 アンサングが長官に詰め寄る間、悲鳴と祈りが頭の後ろで響いた。長官の手が挙がった。
「待ってください」
 再度砂煙が上がった。他の公安達がアンサングを抑えた。
「やめろ…!」
 長官の手が下がった。
「ダメだ!」
 瞬く間に、捕虜達をイウェンは撃ち抜いた。リボルバーが空になると同時に、声が止んだ。

 輸送機が大きく揺れた。
 アンサングは目を開けた。イウェンはファイルを見下ろしていた。
「ヤアウェ村、誰か行ったことあるか?」
 エテューが手を挙げた。
「あります。空港から歩いて四時間程です」
 イウェンは地図を広げた。
「主軍が既にセネゴグに向かっている。ダムナグも来る。その前に、ライリーを捕まえる」
 エテューは地図の南端を指した。
「同僚から聞いた事があります。密林の始まりの村で、ダムナグと地元民が揉めているって話。死人も出て、全部揉み消されたみたいですけど」
 アンサングは頷いた。
「セネゴグの街を突っ切って、村に入るしかないな」
 イウェンの後の窓の向こうで、小さい光が揺れた。
 煙の隙間から見える、夜空の下に広がる小さな飛行場。エイナン島を埋めていた炎は、今や分厚い煙に変わっていた。
「到着まで二分!」
 パイロットの声に続き、周囲で公安の作戦部隊と兵士と警官達の生き残りが銃器の点検を終えた。
 イウェンはファイルをカバンにしまい、アサルトライフルの安全装置を外した。アンサングもそれに続き、窓を再度振り返った。
 飛行場は森に囲まれていた。高度がグンと下がった。
 着地はスムーズに行われ、すぐに輸送機は止まった。部隊が立ち上がり、輸送機の扉が開き始めた。アンサングとイウェンは彼らの後に並んだ。
 扉が開いた。
 何かが光った。
 輸送機で何かが弾けた。
 イウェンが伏せた。弾丸が機体を貫通し、部隊が反撃しようと外に駆け出した。
「出ろ! 展開しろ!」
 コウプスが叫んだ。扉が爆発した。
「囲まれてるぞ!」「グレネード!!!」「後だ!」
 飛行場の周囲から、射撃が集中していた。
 ボロボロの鉄屑と化した輸送機のコックピットの影に、アンサングは滑り込んだ。
「空港周辺に爆撃要請!」
 そもそも、なぜこんな辺境にダムナグ社が支社を設けるのかと、アンサングは思う。こんな時に、銃撃戦の最中、アドレナリンが出まくっていて、少し思考力が冴えているのかもしれない。
 アンサングはイウェンと目を合わせた。
「援護する。切り込め」
 イウェンは片手に短刀を抜いた。
 戦闘機が真上を通過した。
 アンサングはライフルを暗闇に向けた。
「行け!」
 炎が、夜の森を駆け抜けた。

#創作大賞2024  #ホラー小説部門

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