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「封印」 第二十一章 烈火
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自分と妹は、トラックの荷台の段ボールに入れられた。
「お父さんはここに残るから、先に行ってな」
拳銃を後ろ腰に差し、トラックの荷台の扉を、父は閉めた。母が助手席から降りた。
「あんたはいつくんの?」
「明日には行くよ」
「でも…」
父は妹を振り返った。
「あいつは、すぐに治療しないとダメだ。今ならまだ検問を抜けられる」
そう言って父はトラックの鍵を母に渡す。
「戒厳令の発令中です! 絶対に家の外に出ないでください!」
パトカーが大通りを過ぎていく。
父は母の肩をそっと押した。
「行って。すぐに会えるから」
「すぐにだよ」
トラックは走り出した。
父は背中を向け、車に乗って走り去った。
検問を難なく通過して、街を出る。
出たところには、キャンプが出来ていた。燃料切れだろうか、トラックは止まった。
「出て」
母に抱えられ、トラックの外に出る。妹を抱え上げて、母は硬直した。
「あ!」
声をあげて、自分は動けなくなった。
妹が、母の首に、深々と、歯を沈めていた。
そして真っ赤な血が、トラックの灰色の荷台に降りかかった。
*
空港は、鉄の塀に囲まれ、巨大な門の前には人の波が出来ていた。人の波と軍の銃口の間には、盾を持った警官達と、鉄格子のバリケードと門があった。警察と軍の特殊部隊がその門を守っていた。
門の周辺の塀と塔からは狙撃兵と機銃兵が感染者を撃ち続けていた。
門の前で、アンサング達は止められた。
「空港は封鎖しています」
隊長の言葉に、アンサングは携帯を見せた。
「帰還命令を受けている」
隊長は無線を取った。
「公安です」
軍は門を速やかに開けた。
「ありがとう」
門の内側で、軍の装備を、エテュー含めその場全員は補充した。
「上官…」
ヘルメットをつけ、銃を装填しながら、エテューはアンサングに近づいた。
「私はここで…」
「管制塔! 二階!」
公安の叫び声が轟いた。
銃声。
エテューのヘルメットが吹き飛んだ。
「撃て撃て撃て!!!」
コウプス達が二階の窓に銃弾を浴びせた。
「撃ち続けろ! 二階だ!」
銃撃している間にエテューとアンサングが突入。
数分後、管制塔の銃声は止んだ。
「制圧完了」
イウェンの声で、コウプス達は管制塔に入った。
ふらつきながら、警官がそれに続き、やがて新人の彼は再び先頭に戻った。アンサングは感嘆の声を上げた。
「頑丈だな」
警官は右手を小さく振った。
「死に損なっただけです」
そしてエテューは膝を着いた。水を口に含む。エリの顔が脳裏に浮かんだ。吐き気と、震えで、水がこぼれ出た。
「大丈夫か?」
公安隊員にエテューは親指を立てた。
エリの笑顔が徐々に脳裏で小さくなっていく。それに合わせて、エテューは口内に残った水をゆっくりと飲み込んだ。
「上官」
エテューの声に、アンサングは足を止めた。
「私はここで離脱を願います」
「どこへ行くんだ?」
西を指す、若い警官。
「妻の所です」
アンサングはそれを素直に信じ、頷いた。
「気をつけてな」
車に乗り込む彼らにエテューは背を向けた。
「はい。ご武運を」
門が閉まり始める。エテューはライフルを握り直した。これから、一人になる。
頭痛と、耳鳴り。視界に映る窓の数が一気に増えた。死角だらけだった。
管制塔で死んだ反乱軍兵達の割れた顔が浮かんだ。
それでも、エテューはどうでも良かった。
爆発。
吹き飛ばされる。
反乱軍か? 違う。もっと規律の良い、統一された銃声と、命令。
エテューは身を起こした。
次々と血を吹き出して倒れる人混み。
公安と軍と警察の反対には、灰色の服で統一された部隊がいた。
人々は逃げ始めた。
更に大きな銃声が、西から轟いた。
反乱軍。しかし彼らが撃っているのは、警察でも軍でもダムナグの兵達でもなかった。
恍惚に満ちた、笑い声。
*
空港が、死者で埋もれた。その未曾有の規模の災厄を、アンサングは理解できなかった。機体も、飛行場も、フェンスも、全て感染者の群れで押し流された。アンサング達の車も、その波に飲み込まれようとしていた。
大きな光と、重い音が、世界を包んだ。
車ごと、アンサング達は吹き飛ばされた。
「…大丈夫か…生きてるか?」
コウプスの声が、遠くに聞こえた。コウプスはアンサングのすぐ後に座っていたはずだった。
アンサングは目を開けた。開けたつもりだった。徐々に、くぐもっていた視界と、遠い音が、戻ってきた。
飛行場を、火の波が包んでいた。
頭上を、高速で、何かが通り過ぎた。
爆撃機。
アンサングはシートベルトを外した。頭から、反転した車の天井に落ちる。
割れ残ったガラスをライフルで落とし、ライフルと体を車外に捻り出す。
再度、爆撃機が通過した。超低滑空で、燃える地平線に機銃を撃ち込んでいく。
ライフルを拾い上げ、アンサングはコウプスを引き摺り出した。
「全員集合! 被害を確認!」
そう叫び、ライフルを構える。
「動くな!」
車の向こうで、立ち上がる男達がいた。反乱軍と、傭兵。彼らの手は銃に伸びた。その胸に銃弾を撃ち込む。銃弾は背後からも飛んでいた。振り返る。イウェンだった。
「しぶといな」
爆撃機が南下した。
炎が、街を舐め回し始めた。
*
アンサングの横で、エテューは弾倉を入れ替えた。生き残った警官達が集ってきた。
アンサングが叫んだ。
「ダムナグ社と政府からの弾圧に抵抗する為と、ライリーは言っている。それでも、この反乱は、政府もダムナグも、ライリーも、償う必要がある。俺は奴らが許せねえ! 全員だ! 中央帰還の命令を受けた! でもな、このまま終わるわけにはいかねえ。俺は今から、南に行く。ついて来てく…」
エテューは右手を挙げた。
「志願します」
大勢の警官達が手を挙げた。
「ありがとう」
兵士が一人、駆け込んで来た。
「輸送機、準備完了です!」
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