バタフライエフェクト
小さな田舎町でのこと。日曜の昼下がり、大学生の拓真は自慢のバイク、ゼファー750を磨いていた。埃と油で汚れたボディをウエスで磨く。チェーンに油をさす。ブレーキパッドの減り具合とタイヤの空気圧を確認する。
拓真はバイクを愛していた。彼にとって風を感じて走ることはもはや生き甲斐と言えた。
「これでよし、と」
拓真は黒く汚れたウエスを持ってガレージから、自分の部屋へと戻った。大学入学時は大学の寮に入っていたが、ガレージ付きのワンルーム、しかもペットOKの部屋が見つかったので春から越してきたのだ。飼っている猫の名前はミロ、ブリティッシュショートヘアの愛らしい黒猫である。
ある日、拓真がいつものようにバイクを磨いていた。傍らにはミロがいた。ふと、ミロは一羽のモンシロチョウを見つけた。その白い蝶は青空に、ミロを誘うかのように舞っていた。何か予感を感じたミロは蝶を追いかけ始めたが、蝶は風に乗って忽然と消えた。
その蝶が消えた瞬間、空気が微かに揺らいだように感じた拓真は、思わずミロの方へ視線を戻した。
「どうしたんだ、ミロ」
拓真が声をかけると、ミロは一瞬拓真を見上げた後、再び空を見上げた。その時拓真も、周囲の空気が変わり、微かにぼやけて、色彩が変化していることに気がついた。
拓真は好奇心に駆られ、ミロを抱え上げてガレージを出た。そこにあったのは普段とは全く違う風景だった。道はそのままなのに、周囲の木々や家々が幻想的な色合いで彩られ、風に乗って聞こえるのはどこか懐かしいメロディーだった。
「何だこれは」
拓真は驚きながらも、心の中でわくわくする感覚を抑えられなかった。ミロもその風景に興奮したのか、拓真の腕の中で身をよじり、自由にさせて欲しがっている。
拓真はミロを地面に下ろすと、ミロは再び蝶を追いかけるかのように駆け出した。拓真は後を追いながら、自分たちがどこにいるのか理解しようと努めたが、生まれて初めて見る景色は記憶の中にはないものだった。
道を進むうちに、拓真とミロは一人の老婆に出会った。彼女は庭で花を摘んでいたが、その花は虹色の光を放っているように見えた。
「すみません。ここはどこですか?」
と拓真が尋ねると、老婆は微笑みながら答えた。
「ここはね、特別な場所。あなたたちの心が純粋だったから招かれたのよ。」
拓真はミロと共にこの不思議な世界を探索し始めた。そこでは時間がゆっくり流れていて、懐かしいメロディーが常に流れていた。
何時間その世界で過ごしただろう。拓真はふと現実世界に戻らなければならないという焦燥にかられ始めた。
「ミロ、帰ろうか?」
と拓真が言うと、ミロは納得したように彼の足元に戻ってきた。拓真とミロは再び蝶を見つけ、それを追いかけることで、田舎町の平凡な日常へと戻った。しかし拓真の心には、いつかまたあの場所へ行けるはずだという希望と、魔法のような一日の記憶が残っていた。