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『はつ恋』

中高と、私のまわりに読書の好きな子はあまりいなかった。だからといって我慢することもなく、少々肩身の狭い思いをしながら本を読んで放課をすごしていた。

放課に本を読んでいる私を見て、本を読まない彼女たちはずっと少しだけイラッとしていただろう。だって私が本を読んでいるあいだ、彼女たちに話しかけられることは1回もなかった。「本読んでないで4組遊びに行こうよ」とか、彼女たちには言われたことがなかった。ただずっと、クラスの子としゃべりながら、視界の片隅では、だまって読書している私の存在を感じていたんだと思う。

あの視線は、単純な「読書の邪魔をしたくない」ではなかった。


だけど、その"気遣い"を気にせず私に話しかける明るい子たちもいた。「ねえ用あるから吉村先生のとこついてきて」「んーいいよ」「はやく、チャイムなっちゃう」「はーい」
あの子たちのさっぱりした笑い声は、きっといつまでも変わらない。


高校生のとき、教室でツルゲーネフの『はつ恋』を読んでいた。そしたら、前の席で遊んでいた女の子たちが「え、ともなが『初恋』って本読んでる。かわいい〜」とからかってきたことがあった。あの時自分がどんな顔をしていたかわからないが、頭のなかの大事な線がねじきれそうな感覚がしたのは覚えている。私はおもわず顔を伏せ、読書を強行した。

どうするのが正解だったのか、今でもわからない。

私の恋愛経験にタイトルをそのまま結び付けられたような気がして心底腹が立ったし、羞恥もわいたし、ツルゲーネフさえ馬鹿にされたような気がした。マジでこの本読んでからもう一度言ってみろとか、果ては無知は罪かとか、ぐちゃぐちゃ考えた。が、やめた。

彼女たちだって、読書する私のことがよくわからなかったんだと、今では思う。そしてそれでも人目を気にせず本を読んでいる私に、少しイラッとしていた。そしたら、いろいろな男の子と付き合ってきた彼女たちより当時はるかに恋愛経験などなかった私が、『はつ恋』などというタイトルの本を読んでいる。かわいいではないか。そりゃそうだ。


彼女たちはこれからもっといろいろな男とデートして、付き合って別れる。私より多くの激情を経験し、そしてますますきれいになるのだろう。彼女たちは本など読まなくていい、人に対するエネルギーを燃やすことができるから。

私は変わらず本を読んでいる。
でも今じゃ、私も男とデートをするのだ。


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