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ぼくの奥さん #3 「世界を二周するつもりで行ってきなよ」

※暇だから「こんな感じかな」と、パートナー目線で書いてみた。

「あのさぁ、世界一周っていうからよく分からなくなるんじゃない? 世界一周の下見のつもりで行ってきていいからさ、まず絶対行きたい場所だけ、行ってきなよ。イタリアも、フランスも、スペインもインドネシアも行ったじゃない。行ったことないところだけ、回ってきなよ」

久しぶりに絶句して、目をじっと彼女に見つめ返された。あれ、ぼくなんかまた変なこと言ったかな。でもまだ言い足りない。ちょっと付け足してみよう。いいタイミングだ。言葉をまだかぶせてこない。

いつも食い気味で「いやでもさぁ」って言うじゃん、知美って。

「世界なんて何周してもいいんだからさ、二周目があるって思って行ってきなよ。お母さんになるのを結構意識してるんだと思うけどさ、子どもと一緒に行っても楽しいでしょ。まぁ現実的かは置いておいて……。二周目があると思ったら、考えるの、結構楽になるでしょ。全部行こうなんて思わなくていいんだよ。好きなところだけ行ってきな」

……まだ見てる。え、どうしたの。具合でも悪いのかな。溝の口でお茶をしていた僕たちだけど、真冬にフラペチーノを頼んだ君を、ちょっとだけ心配する。

「いつの間にそんなに進化したんだい……?」

満を持して知美が言った。久しぶりに声を聞いた、くらいの気持ちだ。

そうか、進化か。たしかにそうだ。数年前の僕ならば、きっとこんなことを言わなかった。大人になったもんだ。もうおっさんか。29歳だもんなぁ。ちなみに君もね。

ちなみに余談だけれど、「君もね」と言ったら「いいの、30歳は30代で一番若いの」とかまた謎のポリシーを出してくるんだろう。めんどくさい。めんどくさいことは言わないに限る。

「旅行の"りょ"の字を出した途端に喧嘩になっていた時期もあったのに、そうかぁ、卓也も成長してるのね」

また知美が言葉を紡いだ。謎のコメントありがとう。

でもそうじゃねぇ。いつもながら上から目線すごいな(笑)。

「考えるの楽になったかも。ありがとう。だって普通に計算したら、50カ国超えててお金も時間も足りなくて。2年くらい帰ってこなそうだったから、どうしようかなって思ってた」

……いやもうなんか勝手にしてくれていいんだけど、君、会社所属したまま行くんでしょう……ぼくとのことももちろんだけど、会社の人への迷惑もきちんと考えなさいな……

って言うと「いやでもさぁ」ってかぶせてくるから言ってあげない。もう知らない。


「フラペチーノ飲んだ?」って言ってみる。食べ物の話をすると気がそれる。食べ物の話をして気がそれない時は、やばいとき。「あ、今火つけちゃった」と反省する。

「うん飲んだ〜〜!」って元気に言うから、よし今日は大丈夫だぞ、と明るくなる。この子と楽しく暮らす秘訣は、とにもかくにも喧嘩をしないことだと学んだのはもう何年前のことだろう。気性は荒いが、怒らなければ害はない。

なんだ、ぼくの生活って。君は自由でいいね。いつかしっぺ返しをくらうから、そのつもりで鍛えておきなさいよ、といつ言ってあげようかと思案する。人生はそんなに君に甘くない。傷ついたらきっと盛大に泣くから、そしたらそのときに言ってあげようか。

ぼくは分かってたよ、って。言ったらきっと、「きっ」と睨まれて「もう出てく!」って言うんだろうね(笑)。「出てく事件」再び。なんて気性の荒い嫁さんだ。

フラペチーノひとつで君の機嫌が買えるなら、まぁ安上がりの日曜日。明日も晴れてくれたらいいな。晴れていたら、また「晴れてる〜!」と笑ってくれているだろう。

そういえば最近は「雨だぁ〜」と言って、「じゃあおうちにいよっか」となるから、君も大人になったもんだなと、ぼくもたまに関心するよ。だって前は「なんで雨なの!」と怒られていたからね。

理不尽だなぁ。まぁ、世の中なんて、いつだっていかに理不尽と機嫌よく付き合っていけるかの、瀬戸際みたいなもんだけれどね。

***

(今回は「俺いい奴っぽい」ということで行間は補足しなくていいそうです)

ぼくの奥さん#1 「基本的に家にいない」|佐野知美|note(ノート)

ぼくの奥さん #2 「あの夜ぼくは、なぜか寒空の下家の外に閉めだされた」|佐野知美|note(ノート) 

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