ものを捨てられない心理
本当にモノを捨てたいのか?
さて、自営妻で野中妻です。こんにちは。
電気工事士の夫を持つ自営業妻です。
普段は自営話が主ですが
時に発作のように片づけ話・ミニマリスト話
してます。
野中妻は片付けやミニマリストの本を
ざっと100冊以上読んできました。
そして自分自身がミニマリストになって感じるのが
世の中
ミニマリストが少なすぎ問題。
なんでいまだにマイノリティなのか。
物の所有から、
シェアリングエコノミー
サブスクリプション
モノからコトへ
様々なトレンドワードが出現しているのに
世の中まだまだ
ものであふれている。
モノが溢れかえる場所が多すぎ。
ミニマリストにとっては苦痛を感じる空間が
世の中多すぎです。
(他のミニマリストの皆さんはどうやって
このモノ地獄の世の中を過ごしていらっしゃるのか・・・)
職場のモノ問題
これまで働いた職場を思い出しても
結構二極化してる。
すっきりとした空間を維持できている職場と
ものが溢れかえっている職場。
転職回数が多い野中妻。
よく考えたら、
私が長続きした職場は全て整理整頓ができてたところ。
正確には1社できてないところもあったのですが、
こちらは私が勤め始めてから
率先して片付けをして
しばらくしたら見違えるように綺麗になりました。
(片付け熱は伝染すること多し)
雑然とした職場の場合、
中に「もったいないおばさん・おじさん」が存在する。
ある程度の地位にある中高年社員の方が
もったいないお化けだと、
「これは取っておこう」
「今度使いまわそう」
「これを保管するための収納を経費で買おう」(°▽°)
とどんどんものを増殖させている。
しかも、
これはここに溜める、
これはこうやって分類する、
と謎のローカルルールも作り続けます。
後輩社員は
その謎ルールを覚える負荷までかけられます。
さらに麻痺が起きている
さらに、中の社員は
日常の景色なので
ものが多いことに気がついていない。
また、
誰が作ったルールかも知らないので、
捨てようともしない。
結局
モノがモノを呼ぶ
沼のような状態。
私はそういう時
「これは取っておくルールなのか?」
「これは捨ててはダメなのか」
確認することもあるのですが、
満足いく回答がかえることはない。
誰かが作った謎ルールで、
なんとなく保管しつづけているモノだから。
家でも麻痺
家も同じ。
モノが多い家に暮らしている人は
麻痺しています。
棚という棚にモノがあふれているのも
もはや目に入っていない。
モノにホコリがかぶっていても
目には映らない。
モノを避けて歩いていることに
自分で気がついていない。
モノを入手するのは気が楽。
感情的には快です。
一方、モノを処分するのは
痛みを伴います。
放っておいても死にはしない。
今、アイテムを一つ捨てようが捨てまいが
人生にはさほど影響はない。
でも
そうやって蓄積する。
意識的に捨てないと
ものは増えるのです。
私は
その人のゴミの捨て方を見て
自宅の片付け具合もわかります。
片付けられる人は
職場でも、公衆トイレでも
行動に出ています。
さっと、床のゴミを拾うことができる。
さりげなく使ったモノをもとの位置に戻す。
いただいたお菓子の入った箱や袋をさりげなく処分できる。
至る所に
その人の片付けレベルが現れている。
処分するという行為は、繰り返しになりますが
痛みを伴う不快の行動です。
これをいつかではなく、今する。
ここには決断力を要します。
(ゆえに、決断力と処分力は相関関係にあると思う)
ビジネスに話を戻すと、
私は英語講師を長くしていましたが
富裕層むけの教育サービスになるほど
職場環境・教室環境が整理整頓されている。
お金持ちの家は片付いているは本当だと思います。
高級ホテルでもなんでも
富裕層ビジネスは
整理整頓・モノがないすっきりとした空間を用意するところから始まる。
対富裕層のビジネスでなくても
雑然とした空間より整理整頓された空間がいい。
儲かっている店は、掃除を大切にしていると思う。
またもや自分の経験で主観的な話にはなるが、
雑然とした職場では
社員の軋轢が生じていることが多い。
派閥があったり
悪口が聞こえたり。
環境って絶対に大事だと思う。
環境を整えなければ
人生は整わないと信じている。
自営夫の野中夫はミニマリストではありません。
お互いの歩み寄りが野中電気商会には欠かせず。
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