絵本が変えてくれた、私のLife Story(前編)
こんにちは。tomoniです。
ページを開いてくださり、ありがとうございます!
これから前編・後編に分けて、私の中の一つのストーリーを紹介していこうと思います。
noteという場で出会えたご縁を大切にしていきたいと私は思っています。
こんな私ですが、どうぞこれからもよろしくお願いします。
幼少期
絵本を読んでもらったことがなかった
私は、韓国出身の母と、日本人の父のもとに一人っ子として生まれました。
母は、日本語がそこまで流暢ではなかったことや、父は、家にいることは少なく、家にいても一緒に遊んでもらった記憶はほとんどありません。
今思い出してみても、家で絵本を読んでもらった記憶がなく、絵本に興味関心がある幼少期では、ありませんでした。
小・中学生時代
絵本なんかどうでもよかった
私が小学生の時に両親が離婚し、のちに母が再婚した際に転校を経験しました。
私は、同級生に馴染むために、また、学校の先生に家庭の問題がばれないようにと必死で社交的な自分や、良い子の自分を演じました。
友達が行きたいという場所に行き、やりたいということに、Noと言わずついていくような子どもでした。
また、学校の成績は可も無く、不可も無くというところで、特に目立つようなタイプでもなく、先生に特に気に掛けられることはありませんでした。
ただし、忘れ物や時間にルーズなところがありました。
家庭環境について誰にも打ち明けずに、社交的で良い子を演じていたことがストレスになり、集中力を阻害し、忘れ物をしてしまったり、時間に遅れてしまう要因になっていたのではないかと、今では思っています。
また、友達同士が喧嘩をすると、いつも間に入って、場を茶化したり、おどけたりするようなお調子者でもありました。
今思えば、このような行為は、家庭で両親が喧嘩をしている時にも自然と行っていて、険悪なムードを察知すると、わざと何かを失敗して気を引いてみたり、笑わせようと必死だったなと思います。
家庭の中に自分の居場所をあまり見出すことができなかったからこそ、学校の中に自分の居場所を確保することに必死だったけれども、当時はそれを苦痛に感じていなかったことが不思議です。
この頃に私が好きだったことは、編み物や旅行でした。
編み物は、夏休みの自由研究で、キットを購入して作ったことをきっかけに好きになりました。
何も考えずに没頭することが出来て、気分がすっきりして好きだったことと、完成したものを友達が喜んで使ってくれるところを見て、とても嬉しかったことを覚えています。
また、旅行は、自分のことをだれも知らない環境に身を置くことで、自分を取り繕わなくていい開放感を得られ、ありのままの自分でいることができて、のびのびとした気持ちを持てていたから好きだったんだなと思います。
中学1年生になり、再び母の離婚が原因で、再び転校を経験しました。
この頃には、人生諦めモードになりかけていて、社交的にふるまうことすらできなくなってしまいました。
家庭環境のストレスとちょっとした反抗期が重なり、私は髪の毛をむしり始めました。
それは、わたしなりの一種の自己表現だったのかもしれません。
母が大変苦労をしていることを間近でみていたことや、これまで周りの大人から「良い子だね。」と言われて育ってきた私は、母に対しても、これまでなるべく良い子であろうと努めていたように思います。
「母の方が私よりもよっぽど大変な思いをしている」だったり、「私たち家族よりも大変な状況の人がたくさんいる」と考えて、私自身を主語にして考えることは、いけないことのように感じていました。
この頃には、私は本来の自分というものをすっかり見失っていました。
そんな時に、私は近所に住む母の知人のご夫妻のお宅によく遊びに行き、夕食を一緒に食べたり、猫と遊んだり、おしゃべりをしました。
また、私のことを家族のように叱ってくれる人がいて、叱られているのに、なんだかとても嬉しかったことを覚えています。
人生諦めモードで、日常生活もおろそかになってしまいましたが、叱ってくれる人がいたからこそ、私はだれかに気にかけてもらえる存在なんだと思えて、とても嬉しくて、それが私の励みになりました。
それからは、食べる・お風呂に入る・寝る・起きるという日常生活を正しく行うことを心がけ、手伝える家事を行って、手や体を動かす様に努めました。
それまでは、暗闇の中にいた気分でしたが、暗闇の中でも、できることに目を向けて1つ1つ取り組んでいくことで、できることが増えていくんだなと今の私の大事な価値観である「前進」につながった経験でした。
私は、コツコツできることに目を向けて努力をすれば、できることが増えるという経験を通して、以前よりも勉強をしてみたり、筋トレをしてみたり、新聞や本を読んでみたり、自分ができることに注力しはじめるようになりました。
高校生・留学時代
絵本は私の教科書だった
これまで母のおかげで習い事には通わせてもらっていましたが、自ら勉強をするようになり、他の科目より私は英語が好きなんだと気が付き、高校では進学校ではないけれども、英語が好きな生徒が多い高校に入学しました。
高校は単位制だったので、留学をする生徒がクラスに1人ほどいるような環境で、私は1年生の半ば頃に「留学をしてみたい。」と思い切って母に打ち明けました。
決して裕福な家庭ではないので、断られるのかなと思いましたが、母は、「私から留学したいと積極的に言ってきてくれたことがとても嬉しかった」と言ってくれ、どんどん挑戦しなさいと笑顔で応援してくれました。
私は留学を決めてから、学校の授業以外にも英語を勉強し始め、英語で書かれた絵本をたくさん読み始めたり、映画やニュースを英語で観るようにしました。
私は、一から子どもに戻ったかのように絵本を読み、意味も分からずに音読して頭に入れていました。
絵本だから心が救われた
私は、自分なりに英語を勉強し、ようやく1年間の留学に行きます。
本留学の前に1か月間の語学研修があり、私は、研修先付近のホストファミリーのお宅にホームステイをしていました。
私が留学して1週間ほど経った頃に研修がお休みの日があり、ホームステイ先の宿泊していた部屋のベッドから起き上がれなくなった日がありました。
そんなときに、ホストマザーが部屋に尋ねに来てくれました。
その時に手渡されたのが、「Amazing Grace」という1冊の絵本でした。
ホストマザーは、「息子が留学した時にもあなたと同じくベッドから起き上がれない日があった。異なる言語や文化の場所で生活することは、自分で思う以上に心身にストレスが掛かることだから自然なことだよ。」と言い、この絵本をプレゼントしてくれました。
「ありがとう。」とだけ言って、ぼーっとしたまま絵本を受け取って、一人で絵本を読むと、どんなに周りの子どもから人種や肌の色、性別などによって自分がやりたいことを否定されても、やりたいことを貫いていく女の子の物語でした。
私は、この絵本のメッセージがその当時の自分に刺さって、気が付いたら泣いていました。
これまでの自分の人生は、周りの目ばかり気にしていて、自分の人生なのに自分は脇役だったなと思い、主人公みたいに周りの目を気にせずに、自分のやりたいことを貫きたいと強く思い始めました。
また、ホストマザーが言葉ではなく、絵本で私にメッセージを伝えてくれたという行為にとても優しさを感じました。
この経験の後に、私は自然と心が強くなった感じがあり、語学研修においても、より自然体の自分でいることができて、楽しく学ぶことができました。
おわりに
人は、当然ながら一人一人異なるライフストーリーがあります。「あなたの人生の主人公は、あなたであっていいんだよ。」と私は自分のライフストーリーをかいてみて、そう素直に感じました。
私は、これまでの経験から自然と、具体を抽象化して、自分の言葉として自分の中に取り入れてきたことに気が付きました。これからは、抽象を具体化してストーリーや文章を書いていきたいと思っています。
正しいとか善とかを考える前に、わたしらしくどんな感情も受け止めたいし、私は、あなたが、あなたらしくいてくれたら、それ以上に嬉しいことはないです。
また、遊びに来てくださいね♡
心穏やかに、心はずむ1日を共に過ごしましょう!