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リチャード・フライシャーの毒入りケーキ『夢去りぬ』

  リチャード・フライシャーの犯罪実録映画3本が12月19日まで土橋(銀座と新橋の間で新橋からのほうが近い)のTCC試写室で上映されている。ここは試写室なのだが、この期間だけ「土橋名画座」となるという。
https://www.facebook.com/fleischerfilms.tcc
 上映されるのは『絞殺魔』『10番街の殺人』それに『夢去りぬ』。『絞殺魔』は1960年代にボストンでアルバート・デザルヴォが女性の部屋に入って13人をレイプして絞殺した「ボストン絞殺魔事件」を画期的なスプリット・スクリーンで映像化した。『10番街の殺人』は、1940年代のロンドンで、娼婦など8人以上を殺したジョン・クリスティの事件を、なんと殺人があったアパートで再現した。
 この徹底したリアリズムの2本に対して、『夢去りぬ』は、1900年代のニューヨークで、当時の「美少女アイドル」をめぐる殺人事件を、豪華絢爛に描いている。
 フライシャーは生涯に60本もの映画を監督した職人で、とにかくなんでも撮った、オールスター戦史大作『トラ!トラ!トラ!』(1970年)、家族向けミュージカル『ドリトル先生不思議な旅』(67年)のようなファミリー映画、『海底2万哩』(54年)や『ミクロの決死圏』(66年)『ソイレント・グリーン』(73年)のようなSF映画、ミュージカル映画『ジャズ・シンガー』(80年)、ホラー映画『悪魔の棲む家3D』(83年)……。
 そのどれもが徹底的な娯楽作で文句なしに面白いのだが、2006年に亡くなった時、ニューヨーク・タイムズ紙はフライシャーの本質を「実録犯罪映画作家である」と特定した。アメリカの奴隷制度の残虐な真実を、どこよりも早く描いた『マンディンゴ』(75年)も、「アメリカという国が実際にやった犯罪行為の実録だ」と評した。
 フライシャーのデビュー作は「Child of Divorce(離婚家庭の子ども)」(1946年)で、8歳の少女のが両親の離婚で体験すること(両親の浮気、夫婦喧嘩、離婚調停、親権争い)などをドキュメンタリータッチで描いたもの。
 フライシャーのジャーナリスティックなタッチは、フィルム・ノワールで存分に発揮された。フィルム・ノワールとは、明るく華やかな夢を色鮮やかに描くハリウッドのメジャー映画の陰で、欲望や犯罪に呑み込まれていく人々の暗い真実を陰影の濃いモノクロで描いた一連の映画である。
 1955年、ディズニーのSF大作『海底2万哩』を成功させたフライシャーは、20世紀フォックスでテクニカラーの大作『夢去りぬ』を監督する。
『夢去りぬ』という邦題はロマンティックな映画かと思わせるが、これはフィルム・ノワールから連なる、欲望にまみれた犯罪実録映画である。
 1906年、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンの屋上劇場で芝居を上演中、客席で、客の1人が他の客に拳銃で何発も銃弾を浴びせて、「私は妻を辱めた男を殺した!」と叫んだ。客は最初、芝居の一部かと思ったが、倒れた男から流れ続ける血の量で、それが本物だと知って騒然となった。
 殺したのは鉄道と石炭業界を支配する大実業家ハリー・ケンダル・ソー、殺されたのは億万長者の大邸宅を設計する建築家スタンフォード・ホワイトで、二人とも億万長者だった。
 『夢去りぬ』はその事件の原因を紐解いていく。
 ヒロインはイヴリン・ネズビット。ひとことでいえば、当時の美少女アイドルである。思春期の頃から、コーラスグループの歌手としてステージに立ち、写真家や画家のモデルとなり、イヴリンの姿は広告や雑誌にあふれ、特にチャールズ・ダナ・ギブソンが描いた彼女のピンナップは人気だった。
 その彼女が15歳の頃、有名な建築家ホワイト(当時46歳・既婚)の自宅に招かれた。彼の家はニューヨークの高級おもちゃ店の最上階にあり、天井からは真っ赤なベルベットに包まれたブランコがぶら下がっていた。それはまだ少女だったイヴリンを魅了した。ホワイトはイヴリンと関係を持ち、イヴリンは彼の愛人になった。
 その関係は長らく続いたが、イヴリンは20歳で、彼女に求婚した億万長者ハリー・ソーと結婚し、幸福になるかに見えた。
 しかし、ホワイトはイヴリンに執着し続け、二人の行く先々に現れた。ハリー・ソーは、まだ15歳だった頃の自分の妻を陵辱したホワイトへの憎しみを募らせていった……。 
 もちろん、ヘイズ・コードによる自主規制があった時代なので、問題のシーンは暗示的にしか表現されない。二人の性的な関係は、真っ赤なベルベットのブランコが象徴する。原題は「赤いブランコの少女」である。
『絞殺魔』『10番街の殺人』で寒々しいほどのリアリズムを貫いたフライシャーは、『夢去りぬ』ではまったく逆に、色鮮やかなテクニカラー、豪華絢爛のセットと衣装で美しく美しく見せていく。
 後にフライシャーは『マンディンゴ』でも、南部の残酷な奴隷制度の現実をハーレクイン・ロマンスのように美しい映像で描いた。それは南部の奴隷制度をロマンチックに描いた『風と共に去りぬ』のパロディだった。『マンディンゴ』も『夢去りぬ』も、うっとりするほどゴージャスなケーキのようだが、中身は毒入りだ。ぜひ、スクリーンでその毒を味わってほしい。(書き下ろし)