正弦定理5
◎夏月 中学生
「でね。ああゆうのはね、無視したほうがいいのよね。この間さ、テレビで言ってて」
裕香の話はいっこうにやまない。
ふたりで帰宅中のいつもの光景。
「うん、言ってたね」
「そう。あ、あの番組さ、この前SEIYU出てたよね!最近のわたしの推し!」
「ああ。SEIYUね。」
「ねえ。誰が一番好き?」
「・・うーん、誰だろ」
「わたしね!恭也命!」
「・・・ゆうちゃん、すぐ命かけるよね」
「いいじゃん、かけたいの」
「あ。わたしは、恭也もいいけどヒカルくんが好きだな」
「ああ。ヒカルね。夏月好きそう」
「うん、でね・・」
「でもやっぱ恭也あってのSEIYUだと思わない?」
『ねえ。聞いて』
まただ。わたしに中の言葉が暴れだした。
『聞いてよ、聞いて。ねえ』
わたしの中で暴れだす。
いつも。
そして――
『夏月。聞くのも修行じゃ』
諭す女がまた苦しめる。
裕香は相変わらず喋っている。
「―ねえ、いつがいい?」
「え?いつって?」
「もう!聞いてた?SEIYUのコンサート!」
「え?コンサート?いつ?」
「半月後だよ。来年の春、4月。行くよね?絶対行ったほうがいい!」
「・・・あ~~4月かあ・・・」
わたしは言葉を濁し、広角を上げて裕香を見た。
◆理:正弦:定
「わたしがその怪しい風を取り込んだだと?」
「はい・・そう見えました」
どうだろう?機嫌を損ねなかっただろうか?
なんせ正弦様は神通力はすごいがとても怖い方だと聞いていた。
……長に聞いただけだけど。
機嫌を損ねたらどうなるのだろう?
たぬきにでも変えられるのだろうか?
理はちらっと正弦の顔を伺った。
「―それは・・」
正弦が口を開きかけた時だ。
ドサッと先程の男が倒れた。
「定!」男に駆け寄った正弦は、男を触ると「熱い」と驚いた。
「おまえ、熱があったのか!?」
男は正弦に抱えられて「あ・・はい・・すみません・・あ、わたし、口を聞いてしまいました・・」と苦しそうな顔で言った。
「馬鹿者!熱があるならそう言わんか!雨も降っておるのに」
雨?そうだ、わたしもさっきから濡れたままだ。
急に寒気がしてきてわずかに震えた。
「理とやら。そなたも濡れないところに入るがいい」
「はい」
「誰か!定の看護を!」
正弦様が人呼びをすると、わらわらと数人の男が現れた。
定という男はあっという間に連れられて行った。
「せ、せいげんさま・・・」連れられながら、うわ言のようにつぶやいていた。
なんとも面白い男だ。