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世界を少しずつ理解する(2024年12月29日 パリ1日目③)
宿泊するホテルで横になり、スマホを見る。
友人に教えてもらった生牡蠣が美味しいレストランはここから徒歩15分。「ビストロ」のさらに上級の「レストラン」。一度の飲食にかかる費用は軽く100ユーロ(現在のレートで16,500円)を超えそうだ。
少し迷ってはいたけれど、ホテルに到着して18時過ぎまで仮眠を取ろうと思ったのは、この店の19時の開店を見越してのことである。迷うふりをして、心の中では最初から行くことを決めていたのかもしれない。値段が高くても、言葉が通じなくて辛い思いをしても、店の雰囲気に怖気付いても、たぶんここで生牡蠣を食べられれば後悔はしないだろう。
またもやGoogleに頼り、予防線をひきまくる自分にがっかりしながらも、ネットに上がっているこの店のメニュー画像をあさる。どうやら英語のメニューも用意されているようだ。
厚着に厚着を重ねてホテルを出る。降っているのかいないのか、というくらいのうっすらとした小雨の中での信号待ち。車道の反対側にひとり、傘をさしながらスマホを見ている男性がいる。今朝パリに着いてからまわりの観光客を観察して、「ひと目で日本人だと見分けるポイント」について考えているのだが、いま新たに「軽い雨の中でも傘をさしている」というのが加わった。
暗い車道沿いを15分歩く。今日は日曜日だからか、空いている飲食店が少ないようだ。目的のレストランは大通りが交わる場所にあった。
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店先の牡蠣を横目に、緊張しながら挨拶をして中に入る。予約をとっていないことと、1人であることは何とか伝えられた。店内は、ガラス張りのテラス席エリアと、ソファー席のある内側のエリアに分かれている。
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この店を私に教えてくれた友人は「いつも緊張してしてしまうので、高級感のある屋内側ではなくテラス席で食事をする」と言っていた。私も緊張していたけれど、フランス語も英語もままならないから、「テラス席がいい」と伝える術が分からない。通されるままに内側の赤いソファー席に座った。
「フランス語のメニューと英語のメニュー、どちらを見たいか?」ときかれたのは、かろうじて理解できた。英語のメニューをお願いする。
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ビビりまくって予習をしてきたから、「前菜+メイン」「メイン+デザート」「前菜+メイン+デザート」のコースがあることは分かる。ただ、定型のコースの中には生牡蠣はない。生牡蠣は前菜にあたるらしいことまでは予習していた。コースとは別の欄に書かれている生牡蠣を「前菜」として注文して、FISH OF THE DAYから一品を「メイン」として注文すればおそらく良いのだろう。
Google翻訳にメニューを読ませて、メインはThinly-sliced Monkfish with braised Eryngii mushrooms(薄切りアンコウとエリンギの煮込み)に決めた。指差しだけでどうにか注文。白ワインの1番安いものと、ガス入りのミネラルウォーターも頼んだ。
手持ち無沙汰だから、とにかく店内を観察する。そこそこ広い店だが、開店時間からさほど経っていないからか、私の他に2組くらいしか客がいない。
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私の席の目の前には木製の作業カウンターがある。このカウンターの先がテラスエリア、カウンターより手前が内側エリア。あとで友人にきいたのだが、テラスと内側で頼めるメニューが違うらしい。テラスは生牡蠣やエビなどの魚介だが、内側はその他のスープなども頼めるとのこと。でも厳密には分からない。
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生牡蠣がテーブルに運ばれて来たのだが、ナイフやフォークがいくつかあって、どれを使ってどう食べたらいいか分からない。困っている旨をゼスチャーとカタコト英語で伝えたら、男性の店員さん(ギャルソンと呼ぶのか?)が丁寧に教えてくれた。というか、ひとつお手本でやってくれた。ナイフで牡蠣の身を殻から剥がし、小さなフォークですくう。
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あとは口に入れるだけ。当たり前かもしれないけれど、ものすごく美味しかった。レモンが添えてあったが、何もかけずにそのまま食べるのが最高に美味しかった。
牡蠣は6個。手前の2個を食べ終えると、店員さんが来てサッと皿の向きを変え、残りの牡蠣が手に取りやすいようにしてくれた。どんどん店内が混んできて皆さんキビキビと忙しそうに動き回っていたけれど、ときどきこちらの様子をみてくれる。
牡蠣のあとにきたアンコウももちろん絶品だった。私は何回も「美味しい!」と独り言を言っていた。かなりドキドキしたけれど、やはり来てよかった。
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私がすべてを食べ終わるころには、店内は満席に近かった。だいぶ騒がしくなっていて、忙しさは頂点といった感じ。この席からは、作業台で舌平目の骨をはずしたり、海鮮を取り分けたりしている様子がよく見える。
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でも皆さん作業台の方を向いているので、食後のコーヒーとお会計をお願いするのは一苦労だった。
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パリに来て何となく分かったのは、こちらの人たちは食事にものすごく時間をかけるということ。とても時間をかけて料理を食べるし、ずーっと喋っている。客たちは、ならならみんな食べ終わらないし、帰ろうとしない。もちろんお店側にも、客を急かして帰らせようという雰囲気はない。たぶん、「友達と会って食事をする」というのは小1時間で済むようなことではなくて、軽く3時間くらいかかるのではないだろうか。
お会計は96.36ユーロ(15,900円くらい)だった。高かったけれど、言うことなしだ。
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大満足で、もときた道をホテルへ帰る。
やっぱり来てよかった。暗い通りを歩きながら私は「美味しかったなあ!」とずっと独り言を言っていた。
外国に来ると、言語や文化が分からないせいでだいぶ不便を感じる。店で注文をするにも、水道の水の出すにも、知恵を絞らないといけない。
子とものころは道具の使い方も人との付き合い方も分からず、この世界を理解するのに難航していたが、大人になったらすっかりそんな感覚を忘れてしまった。海外旅行をするというのは、かつて子ども時代に味わっていた世界の不可解さにもう一度挑むことなのかもしれない。かつては辛かったこの行為に、大人になった私は引き寄せられているのだろうか。
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