記録魔の効用〜ユージン・スミス『THE JAZZ LOFT』〜
『MINAMATA』で再び注目を集めているユージン・スミス。
まだ観に行けてないけど、今年(残り少ないが)観にいかなきゃいけない1本だと思っている。
実は、『MINAMATA』よりはかなり控えめだけど、同じくユージン・スミスをテーマとした映画がある。ユージン・スミスが50年代半ばから60年代にかけて住んでいたマンハッタンのロフトに集まる人たちや出来事にフォーカスしたドキュメンタリー映画だ。
今回『MINAMAYA』のヒットにより日本にも上陸し、各地で公開されている。(これも、映画館で見なきゃいけない1本だ)
この作品は本国アメリカでは2015年に公開されていたが、日本では『MINAMATA』公開前にはあまり話題になってなかったようだ。
水俣に向かう前までのユージンの活動がわかる貴重な記録とも言える本作品は、『MINAMATA』のおかげで日本でも日の目を見たといっていい。
私が本作品と出会ったのは、偶然購入したセロニアス・モンクの『MONK.』というアルバムだった。ジャケット写真がユージンで、ライナーノーツはビル・エバンスが担当しているという豪華な1枚。内容も素晴らしい。
なんでユージン・スミスが撮影したのかな、と興味が湧いて調べてみた。「Eugene jazz monk 」などの検索ワードで調べたような気がする。
そして「どうもこの写真はユージン・スミスの『JAZZ LOFT』という場所で撮影されたらしい」ことと共に、この映画の存在を知ったのだ。
日本で公開された形跡はなく、かろうじて見つけたDVDも英語版のみ。
(購入後に分かったことだが、上映方式がPALだったので、NTSC方式を採っている日本のDVDプレーヤーではかけられない代物だった。なんて時代錯誤…)
映画関係者に聞いても「知らないなぁ」だった。
上述のようにPALでDVDプレーヤーではかけられなかったので、パソコンでデータを変換して見るしかなかった。いまだにあまりパソコンで映画を見たくないので、気が進まないまま、『THE JAZZ LOFT』のことは忘れていた。
記録魔
『MINAMATA』でユージン・スミスの名前があちこちで聞かれるようになったこともあって、『THE JAZZ LOFT』を見ようという気になった。
まず、ユージン・スミスは激烈な記録魔だったことがわかった。
そもそも写真家だからものすごい量の写真を撮る。
加えて、オープンリールで録音することに凝っていたらしく、最大の見どころであるホール・オーヴァートンと共同でオーケストラ用の曲をアレンジしていくシーンとか、パーティで飲んだくれている人たちの様子なんかが音でちゃんと残っているのだ。出版社に電話している様子まであった。
こういう日常の様子を撮っておこうと思うのは、やはりLIFE誌を代表する写真家であり、「フォト・エッセイ」という手法を確立したユージンならではだろう。
当時、おそらくラジオなんかは新進のメディアで、新しい物好きなユージンとしては面白くて試してみたくてウズウズしたんだと思う。
もっとも当のユージン自身、それらが後年貴重な素材となってドキュメンタリー映画になるなんて思っても見なかっただろう。本人は当時、ただ面白がって撮っていただけなんじゃないだろうか。後で役に立つからなんて、全く考えても見なかったのでは。
そこが面白いところで、純粋に面白がって撮っていたものが、何十年という歳月によって熟成され、今となっては非常に貴重な素材として活用され、蘇ったというわけだ。
日本人の記録好き
思えば日本人の記録好きにも似たようなところがある。
「方丈記」の鴨長明だって、当時の都での大火事の記録を克明に記録していて、日々の亡くなった人の人数まで調べ歩いて書き残している。
そういうことが思いもかけないところで役に立つのだ。
以前、歴史家の先生からこんな話を伺ったことがある。
江戸時代の大名同士の書簡を研究されているその先生曰く、往復書簡から、当時どんな経路で、どんな規模で台風がやってきたかがわかるそうだ。
「そういうことを気象予測という異分野と絡めると、歴史研究の価値がぐっと違ったものになるんですけどね」とその方はおっしゃっていた。
無駄は貴重
考えてみれば、今のデジタルツールであっても同じようなことは起こりうる。インプットを多く残して、デジタルノートに置いておく。その時は役に立つかどうかも分からないが「とりあえず」取っておくのだ。
そしてある時、それを見つけるか、探し出して「お」となる。「こんなこと考えてたんだ」とか、「あ、これって今やってるこれと繋げたら面白いかも」となって、当時とは全く別の枠組でアウトプットされる。
情報を集めていたときにはただ面白がっていただけかもしれないが、時がくればそれは貴重な代物に化ける…。
前提として、今は無駄なことであった方が、後年より貴重な価値になりうるように思う。その時、お宝になるぞ、という下心は持たず、無邪気に面白がることが重要だ。
昔よりはデジタル化して検索性は高くなったので、手間は短縮されるのかもしれない。「偶然」見つけた、ということが大切だとすれば、その機会は短縮された時間だけ減っている可能性もあるけれど。
映画としての『THE JAZZ LOFT』
本作品では、当の本人が亡くなってからすでに久しく、一体どうやってドキュメンタリーとして成立させるのかなと思っていた。
しかし、前述のように写真や音の記録が鬼のように遺されているため、全くの杞憂だった。
むしろ物語を構成し、素材を選ぶ側は、その膨大な量に途方に暮れたのではないかと思う。
生き残っているJAZZ LOFT体験者のインタビューも素晴らしかったが、遺された写真や音源の絶妙な組み合わせが、動画以上に語っていることが印象的だった。
音の加工ひとつとっても、例えば、建物の内部から聞こえている音と、外部から中の音を聴く体にしている場面とでは、音色を微妙に変えているなど、非常に細かい作業を根気よく丁寧にしてくれている。
間違いなくそういった関係者のこだわりが、本作品のリアリズムを構築していることを、あらゆる場面で感じた。
製作者の、ユージン・スミスという巨人への並々ならぬ愛情やリスペクト故だと思う。
折に触れて観ながら、人生の友人として長く付き合っていきたいーー。きっといつ見ても、環境や成長度合いによって違う感慨が湧いてくるはずだ。
ほかほかふわふわした、そっと触らないと傷ついてしまう小動物みたいな貴重な作品である。
*モンクとJAZZ LOFTについては、横井一江さんの名文で、美しく且つわかりやすく書かれています↓
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