お盆ですから、すこし思い出話でも
世の中はお盆休みですね。みなさま、どんな時間をお過ごしですか。
お盆休みっていう言葉はずっと使ってきましたが、ちゃんとお盆の意味を考えて過ごすお盆は初めてです。
今年のお盆が始まる8/13は、母の新盆でもあり、母とお別れしてちょうど半年の日でもありました。
お盆は祖先の霊を祀るときですので、今日は少し母のことを書いてみたいと思います。
「最愛の人」だなんて表現を使うことは、今までの人生であまりありませんでしたが、私のとって母はまさに「最愛の人」でした。
私は幼い頃から、いつの日か訪れる母との別れを、なんとなく怖く感じていました。
自分にそんなことが耐えられるんだろうか、と。
大人になったらそんなに強くなれるのかな、と。
でも、母らしい最期でした。
母はちゃんとお別れをする準備期間を、私たち家族にくれたのです。
母の病気が発覚したのは、私が娘を出産した2週間後。
待ちに待った娘の退院を迎えたその日に、母がいつも通りのテンションで「私、ガンになっちゃった」と言いました。
その日から、母との別れを向かえるまでの1年2ヶ月間は、
子育てが始まり、tiny peace kitchenも始まり、あまりにもドタバタしていましたが、家族みんなで精一杯母を愛し、恩返しをする時間を、母は私たちに与えてくれました。
母が私にしてくれたことの100分の1も恩返しはできていませんが・・・
私は今、子育てをしながら、毎日「母はこうしてくれてたんだな」とか、
「こんな時、母はどうしていたんだろうか」と、いつも母のことを思っています。
子育ては、自分がしてもらったことの軌跡を辿るようなものだと感じています。
幼い頃、毎朝6:00に母を起こして、ふりかけご飯を自分で食べるのを見守らせる私に、母は毎日付き合ってくれていました。
母が作るご飯が好きすぎて、学校から帰ってくるとまず「今日のご飯なに?」って聞く私に、面倒臭そうに「何ってことないよ。なんか・・・いろいろ!」と答えるのが母の口癖でした。
そして中学校に上がると、思春期で学校に行くのが嫌になった私を見て、
母はある日突然、図書館のおばさんになって、学校に現れました。
ガラス張りの図書館だったので、その前を通ると母の姿が見えて安心したものでした。
こんなふうに母との思い出を語りだしたらキリがありません。
こんなふうに家族と、母の思い出を語り合うために、お盆休みをちゃんと取ればよかったなと少し後悔。
お盆ぐらい、精一杯思い出に浸り、祖先に感謝する時間を過ごすのも悪くないな、と思うようになりました。
思い出って本当に大切なものですね。
今まではどこか斜めに構えていて、「思い出よりも今を楽しむことが大事!」だなんて考えていましたが。
母とお別れをした今、寂しさが尽きることはありませんが、私は今思い出に支えられて毎日を暮らしています。
誰しもが、どこかのタイミングで、大切な人との別れを経験します。
今それを経験している人がいるなら、悲しむ自分を許してあげてほしいな。
私は、母とお別れした後4ヶ月くらいは、悲しむ自分を受け入れることができませんでした。
全く泣けずに、悲しみだけじゃなくて、すべての感情が湧き上がらずに、エネルギーがでない状態でした。
でも、ある方に「悲しみもエネルギーなんだよ。それを封印していたら他のエネルギーも出てこないよ」と言われて、そこから恐る恐る感情を解放する練習をしてみています。
悲しむ自分を受け入れることも、強さなのかな、と感じるようになりました。
「よし!泣けた!私すごい!えらい!」みたいに、号泣しながら自分を褒める練習をしています笑
月並みですが、大切な人と過ごせる時間は有限ですね、本当に。
お盆休みで家族で時間を過ごしている方も多いと思います。
なんてことない今の時間が、いつかの自分を救ってくれることになるかもしれませんね。
皆様も、よいお盆を。